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三井恵津子

八つ違いの姉の本を黙ってもってきては読むのが、楽しみでした。この本もそれです。フランス綴じ、薄いクリーム色でソフトカバーの表紙には、シェパードの絵が左下隅にありました。今度これを書くために改めて、いまは岩波少年文庫となっている『クマのプーさん』を手にして、今でも目に浮かぶあの表紙のために昔からずっと白水社刊だと思っていたのは勘違いで、初めから岩波書店刊だったことを知り、記憶というのは当てにならないものだと思いました。
挿絵がまた中身にぴったりで、大好きな本となり、初版はそのまま私のものになってしまって、いまもこの家のどこかにあるはずなのです。
すばらしいのは石井桃子さんの日本語です。飜訳というのはこうでなくては!
物知りのフクロウが「お誕生日御祝い」というつもりで鉛筆を舐め舐め念を入れ、
  おたじょうひ たじゅやひ おたんうよひ おやわい およわい 
と書いた。他にもこういうようなところがたくさん出てきます。発音と綴りの関係が複雑な英語の、書くのが子どもには特に難しいというところがよく出ていると思って感心します。

この本の面白さに一番近いのが、落語だと気がつきました。登場人物(クリストファー・ロビン以外は動物)は大まじめなのですが、言葉の行き違いとか思い違いが引き起こす事件は、端から見るとおかしいけれど変に説得力があって、どれにも必ず落ちがある。お父さんが息子とプーに、本人とその他の仲間が出てくるお話を聞かせる形なので、子ども向きに一つずつは短く終わるし、耳で聞いておもしろい。お説教っぽいところはまったくないのも気に入っていました。

そういえば、入試の前日私がナーバスになっているとでも思ったのか『ノンちゃん雲に乗る』をもってきて読めと言ってくれたのが、そんなやさしいところがあるとは思ってもいなかった姉でした。

●三井恵津子(みつい・えつこ)
東京で生まれて、そのまま。バックグラウンドは生化学でも、興味はどんどん生物学に寄ってきている。研究生活と『現代化学』の編集時代にできた人脈と経験によって、今なんとか生きている。著書『雌と雄のある世界』(集英社新書)、訳書『ミドルワールド』(マーク・ホウ、紀伊國屋書店)。

■わたしがくりかえし読む本
辞書

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●ここに出てくる本

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『熊のプーさん』
●A・A・ミルン/作
●E・H・シェパード/絵
●石井桃子/訳
●岩波書店

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『クマのプーさん』
●岩波少年少女文庫

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『ノンちゃん雲に乗る』
●石井桃子/作
●中川宗弥/絵
●福音館書店