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正置友子

子どものころ、1+1=2、という計算がわかりませんでした。
「りんごが3つあります。みかんを5ついただきました。なん個になったでしょうか」
りんごとみかんをいっしょに数えることができるでしょうか。さらに、りんごだって、みかんだっていろいろあります。いっしょに数えていいものでしょうか。
このような考え方をするようになったのは、子どものころにどっさりと本(読み物)を読んだからではないかと、最近思っています。
わたしが読んだのは、講談社の世界名作全集でした。サイトでこの全集のリストを出してみて、記憶しているタイトルから、父は、第1巻の『ああ無情』から第71巻の『弓張月』まで、途中の巻号の題名に記憶のないものもありますが、ほぼ揃えてくれたようです。第1巻が出たのが1950年、第71巻が1954年。1940年生まれのわたしの読書年齢にぴったりの時期に、非常に高い密度で(年に15冊ずつくらい)出版されていたことがわかります。
第1巻から順に『ああ無情』『宝島』『岩窟王』『乞食王子』『鉄仮面』『小公子』『小公女』と続きます。完訳ではありませんが、とても読みごたえのある翻案ものでした。
主人公をはじめとする登場人物たちは、多少のステレオタイプ化はされていたでしょうが、一人ずつが際立っていました。この地球のどこかに、ある時代に、この人は存在したのだと思うことができました。この一人ずつを十把ひとからげに数えあげることはまちがっている、記号化してはいけないという感覚が、わたしの細胞のなかに刻みこまれたのではいかと思います。
全集のなかから1冊を選ぶのはむずかしいのですが、第18巻の『ロビン・フッドの冒険』がお気に入りでした。それから27年後、イギリスはシャーウッドの森をバスで通りました。シャーウッドの森は、わたしが長年想像していたより狭く、明るく、どこにもロビン・フッドの気配はありませんでした。
わが家の講談社の世界名作全集は、1959年9月26日に東海地方を襲った伊勢湾台風によって、海水は高潮防波堤を乗り越えて名古屋港の近くにあった家のなかに侵入し、他の書物と共に、姿を消しました。


正置友子(まさき・ともこ)
人間も動物も苦手です。どう向かい合ったらいいのか、とまどうからです。なるべく人と会わないように、いつも両手に本を持って、「わたしは、いま、読書中です」という姿勢をしていました。大学時代の同級生から、のちに、「大学の4年間に、10回もしゃべらなかったね」といわれました。活字のなかで、冒険もし、探偵もし、激しい恋もし、そして、現実にも恋愛をし、結婚しました。そこで出会ったのが、岩波少年文庫。この本をまわりの人にすすめたいと、大阪の地で文庫をスタート。今年(2013年)は40周年を迎えます。その間に、夫と3人の子どもを置いて、54歳で単身イギリスへ留学。イギリスに6年間滞在し、ヴィクトリア時代の絵本の研究を博士論文に纏めました(A History of Victorian Popular Picture Books 風間書房 2006)。いま、6人の孫のおばあちゃんですが、おばあちゃん業をすることは滅多になく、寺子屋みたいな絵本学研究所を開設し、絵本学の研究に没頭しています。

■わたしがくりかえし読む本
『かいじゅうたちのいるところ』
文字を読むことの喜びは知っていましたが、絵本を読む喜びはわかりませんでした。30代のある日、ひとりで『かいじゅうたちのいるところ』を読みました。読み終えて、号泣でした。わたしの中で、硬いなにかが融けていくのを感じました。この絵本との出会い、および文庫で子どもたちから絵本の読み方を教えてもらうなかで、研究対象が「絵本」に絞られていきました。以後、『かいじゅうたちのいるところ』は、何度、ながめ、見、読んだことでしょう。自分ひとりで、子どもたちと、おとなたちと。

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●ここに出てくる本

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『宝島』
〈世界名作全集2〉
●スチブンソン/作
●高垣眸/訳
●嶺田弘/絵
●大日本雄弁会講談社

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『かいじゅうたちのいるところ』
●モーリス・センダック/作 
●神宮輝夫/訳 
●冨山房