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赤坂憲雄

忘れるはずがない、それは生まれてはじめて買ってもらった本だった。学校の図書室から借りてきた本ではない、自分だけの本なのだ。わが家は貧しく、6人兄弟の末っ子のわたしに本を買い与える余裕はなかった。お年玉でも貯めてであったか。ともあれ、それは10歳の少年には途方もない大事件だった。
とても大事に読んだ、と思う。残りページが少なくなるにつれて、読む速度が遅くなった、そんな記憶の感触だけが残っている。影響は絶大だった。寝ても覚めても、無人島のことばかり、いつか行くはずの探検のことばかり考えていた。武蔵野の雑木林や原っぱが、つかの間、無人島になった。子どもにしては寝つきが悪かった。眠りに落ちるまでは、かならず空想旅行に出かけた。なかでも大好きだったのがむろん、ロビンソン・クルーソーが何十年もひとり暮らした、あの無人島への冒険の旅だった。持参する、島で生き延びるための物や道具について、飽きることもなく空想した。空想にはとどまらず、救急道具(の、おもちゃ)を作り、机のひきだしにしまっておいた。
わたしはきっと、谷川雁さんがいう、木も小川も動物も、怪物だって戯れる相手にしてしまう「幻想性の時代」(『意識の海のものがたりへ』)を生きていたのだ、と思う。8歳、小学3年生、と谷川さんが指定した、「人生の二番目の黄金期」。たぶん、『ロビンソン漂流記』はそんな黄金期の終わりにやって来た、贈り物だったのだ。わたしはそのとき、小学4年生、9歳か10歳であったか。
わたしがのちに、旅好きになった、その原点にはあの本があるにちがいない。


●赤坂憲雄あかさか・のりお
幼いころから、ここではない・どこかに憧れ続けてきたのだと思います。
旅というのは、やはり病気だなと思いながら、それでも遊動の日々は終わりません。
あらためて島旅を再開しようと考えています。
それから、半島への旅ですね。
紀行を旅する、それももうひとつの旅だと感じています。

■わたしがくりかえし読む本
宮本常一『忘れられた日本人』

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●ここに出てくる本


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『少年少女世界文学全集5
イギリス編2
ロビンソン漂流記/
シェークスピア物語』
●ダニエル・デフォー
 ウィリアム・シェークスピア
●村上松次郎・向井潤吉/挿画
●中野好夫・吉田健一/訳
●講談社


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『意識の海のものがたりへ』
●谷川雁
●日本エディタースクール出版部


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『忘れられた日本人』
●宮本常一
●岩波文庫