第1回

第1回は、近々映画も日本で公開されるという『第九軍団のワシ』です。

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ローマの元百人隊長マーカスは、奴隷のエスカとともに、失われた第九軍団のワシを探索するために、はるかバレンシア(イギリスの中北部)に旅立ちます。そして8月のある日、ふたりは、北方からの侵入に備えて建築されたばかりのハドリアヌスの防壁を抜けて、広大な荒野へと向かいました。
その2か月後、防壁沿いにあるボルコビクスの北門をたたき、「開けろ、皇帝の名において!」と叫ぶ者がいました。はるかな旅を終えて第九軍団のワシをとりもどしたマーカスとエスカでした。

最初の訪問地は、『第九軍団のワシ』の印象深い舞台となった、ハドリアヌスの防壁にあるハウステッズ砦(ボルコビクス)です。有名な遺跡なのだから、さぞ大勢の観光客でにぎわっているだろうと思っていたのに、駐車場にはわたしたちのバスだけ。歩いていくと、どこまでも牧草地が広がり、見えるのはヒツジばかりです。家一軒もありません。



「すわ、防壁!」と思ったら、ちがいました。これはただの石垣。だれかが長い時間をかけて防壁の石を運び出して積み上げたのです。



本物の防壁が姿を現しました。季節はちがいますが、岩波少年文庫のカバー写真(撮影は池田先生)と同じ場所です。石垣が途中で切れているところには泉が湧いていて、当時から水飲み場になっていたようです。歩哨をまねて、石の上をいったりきたり、歩いてみました。
びっくりするほど何もない。向こうの林からマーカスとエスカが馬に乗って現れても違和感のない景色が広がっています。ローマ軍が駐屯していた1800年前のほうが、よっぽどにぎやかだったことでしょう。要塞には軍団がいるし、その周囲には兵士の家族や氏族たちが住んでいたはずですから。ローマ軍が去った後、この地には何も起こらなかったのでしょうか。
.........ただ、羊飼いたち(たぶん)が、1つ2つと石を運んでいっただけ。サトクリフも同じ景色を眺めたにちがいありません。でも、彼女の眼には「この巨大な石の建造物は、まだ新しいために、あたりから浮きあがってみえた」のでしょう。



要塞には、当時の建物の土台だけが残っています。



これは、グラナリと呼ばれた食料貯蔵庫。何列にも並んだ石の上に床が敷かれていた、つまり高床式ということ。ネズミに悩まされるのも、それを防ぐ手だても、東西共通ですね。



トイレです。どうやって使ったか、だれもが知りたがるのでしょう。ちゃんと描いてありました。


遺跡に設置された説明図から

男たちの下を水が流れる、水洗トイレです。手に持っているものは、やっぱりあれなんでしょうねえ…。

くさい話が続いたので、しめくくりに美しい草花を。





イトシャジンとイグサ。きっと、マーカスたちもサトクリフも、これらを目にしたことでしょう。

●今回のお話に関係する本



『第九軍団のワシ』
●ローズマリ・サトクリフ/作
●C. ウォルター ホッジス /絵
●猪熊葉子/訳
●岩波少年文庫