第4回

座敷童子といえば名家に住みついている日本の精霊ですが、イギリスにも同じような家つき妖精がいます。血筋というより家そのものにとりつき、屋敷に住む人々の繁栄を保証するというのも、座敷童子と共通しています。

ディックはウィッドフォード屋敷の家つき妖精で、それまで住んでいた一家が去たあと、たった一人で屋敷を守っていました。やがて、新興の商人ウィディスン一家が越してきました。ディックは、この一家が気に入りません。馬のことも農作のことも知らないうえに、自分たち妖精の存在をまったく信じていないからです。ただ、子どもたちだけは気に入りました。田舎暮らしを静かに楽しんでいる長男のジョエル、元気な女の子マーサと、好奇心いっぱいの坊や、この3人には何くれとなく目を配り、一家の幸せに心をくだきます。時には大嫌いな夫人のむこうずねをけっとばすという荒療治におよぶこともあるけれど。

17世紀後半、イギリスの激動期を背景に、カトリックとプロテスタント、地主のジェントルマンと都会の新興の商人、古い風習と新しい考え方が対立、混乱するなかで、ディックは一家の幸せを願ってひそかに活躍し、境遇の異なる若い世代同志の心をつないでいきます。


ロールライトの巨石塚 きれいな円をつくっている

五月祭前夜(メイ・イヴ)にディックが懐かしい妖精仲間に会いに出かけた「ロールライトの巨石塚」です。太陽の下で、あばたのある岩が円陣を組んで顔を見合わせている様子は、なんだか滑稽でした。ディックのように夜に行ったら、鬼火が飛び交い、魔女や悪霊が暗躍する、まがまがしい雰囲気があったのかもしれません。人間たちが何かの儀式用につくったものを、妖精たちは彼らなりの使い方をしていたのでしょう。
全部の岩の数を二度数えて同じ数になったらいいことがあるという話があり、何人かが挑戦していましたが、数があった人はいませんでした。やっぱり不思議な力が働いているのかも……。


何に見える? ライオン、それともクマ?

日本人に人気のコッツウォルズ地方、なかでも評判のウィンドラッシュ川とハニーカラーストーンの建物が美しいボートン・オンザ・ウォーターを昼食をとるだけで通過すると、私たちは勇んでシンプトン塚に向かいました。


暗雲が立ち込め、あやしい風が吹くシンプトン塚

路肩にバスをとめ、目の前に広がる野原の道なき道を歩いて、シンプトン塚に向かいます。物語のなかでマーサが魔女にとらわれて押し込められていたシンプトン塚がほんとうにあるなんて、びっくりしてしまいます。ここには、「ロールライトの巨石群」のように説明文もなければ、案内の表示もありません。知る人ぞ知る塚なのでしょう。なんの変哲もない塚ですが、そのまわりを見たことのない赤い草の実の海が覆っています。なにか特別な意味があるような気がしてなりません。まったくの思い込みでしょうか?


風が吹くと音を立てて揺れる草の群れ





押入れのような場所に横たわっている6人の紳士たち。これはセント・メアリー教会に飾られたモニュメントで、チューダー期とスチュアート期のフェティプレイス家の領主の姿です。すっかりくつろいでいるスチュアート期の領主さんより、つっぱっているチューダー期の殿方のほうが、私には好ましく思えます。フェティプレイス家は『妖精ディックの戦い』に登場する一家で、ウィディスン夫人はこの伝統ある家とつきあいたいと激しく憧れますが、奥方様は、一介の成り上がりの商人などには目もくれません。







「ウーン」思わず一緒に力んでしまうようなおじさんたちは、教会の椅子の腰掛の裏についた飾りです。椅子の腰掛部分を壁に掛けて、畳んでおけるようになっています。両手を広げたり、腕立て伏せをしたり、人目につかないところで、がんばっているおじさんたちにエールを送りました。


ウィンドラッシュ川で棒投げに興じる名犬

ディックがフェティプレイス家の馬車を引きづり込んだウィンドラッシュ川です。予想よりずっと幅が狭い。もちろん日本のように川原はなく、いきなり草が生えていて、そこには牛が放牧されています。牛たちが、まるで犬のようにさまざまな毛並みをしていることに驚きました。








とうとう、ディックの家に着きました。家の周りをぐるっと回って、マーサが夜中に抜け出した二階や村の労働者たちがひそかにクリスマスを祝った納屋などを眺めていると、現在ここに住んでいる婦人が帰ってきました。白髪の美しい婦人は、詩人で、ディックの家のことももちろんご存知でした。


妖精ディックの家


妖精ディックの家の壁に刻まれた飾り

この地域の地図を見ると、ウィッドフォード、ロールライトの巨石塚、シンプトン塚、ウィンドラッシュ川、バフォードなど、物語に出てきた地名が、本の見開きの地図と同じ位置に記されています。フェティプレイス家ゆかりの教会もあり、ディックの家も残っています。いないのはディックだけ。それもそのはず、ディックは物語の最後で、赤い服を選んで家から出て行ったのですからね。

●今回のお話に関係する本



『妖精ディックのたたかい』
●キャサリン・M・ブリッグズ/著
●コーディリア・ジョーンズ/絵
●山内玲子/訳
●岩波書店