第15回


1.Sırlar Yolu /『秘密の道』
『アヤ・ソフィアはうたう』でデビューした、フュスン・チェティネルの二作目。孫娘と祖母の愛情を、古代の歴史を交えて描く。小学校中学年以上推奨。


© Günışığı Kitaplığı

アイリーンはドイツに住んでいる、トルコ系のドイツ人だ。母さんはトルコ系だけれど、ドイツにいるトルコ系の人との交流を許さないし、トルコ系の店での買い物も絶対にしない。「地面に食べ物を置くような、臭う靴をドアの前に出しっぱなしにしておくような人たちの店が、清潔なわけないでしょう!」と言う。母さんは潔癖症で、テストの点数にしか興味がないのだ。でも、アイリーンの親友はトルコ系だし、一番行きたい場所は、母方の祖母が住む、トルコのカシュ(注1)の村だ。カシュに住む祖母はウテおばあちゃんだ。ウテおばあちゃんは古い宝石箱を持っている。その宝石箱が、アイリーンの春休みを冒険に変えた。
トルコは、先史時代から多くの民族や国家が通り過ぎてきた土地である。エーゲ海地方と地中海地方には多くの古代都市が存在し、本作の舞台となるカシュはリキュア(リキア)人が住み、現在分かっているだけでも23の都市国家があった。その都市国家は強い同盟を結び、ホメロスの『イリアス』を始め、ギリシャ神話にも登場する。


この写真はカシュの遺跡ではないが、エーゲ海・地中海地方にはこういった古代都市の遺跡が点在する。
写真は、プリエネ(紀元前6世紀)という地中海地方の遺跡

本作は、トルコ地中海地方の南岸をフェティエからアンタルヤに続く「リキア街道(リキアの道)」を舞台に、自分がトルコとドイツどちらに属するのかあいまいな中で、日常生活にうんざりしている少女の成長を描く。

注1:Kaş(カシュ)。トルコの地中海地方、アンタルヤ県の西端に位置する。先史時代からリキュア人が住み、多くの都市国家が存在した。現在も非常に多くの遺跡が残り、発掘が続いている。


2.Mutsuz Palyaçolar Örgütü /『不幸せなピエロ連盟』
ハルドゥン・タネル文学賞(注2)を受賞したネスリハン・オンデレオールの、15篇からなる短編集。中学生以上推奨。


© Günışığı Kitaplığı

「それなのに、やっぱり」では、学校帰りにデートをする少年と少女が登場する。冬の寒い日、「僕」はチーデムとカフェの前で待ち合わせをする。チャイを持ってテーブルにつくと、僕はチーデムに「映画に行こうか?」と言うが、チーデムに「つまんない! 何か新しいことしようとか、考えないの!」と返されてしまう。閉口する僕にチーデムは、防波堤に行くと言いだした。この寒い、海の荒れた日にと文句を言いながらも、僕は後からついていく。海に着いてからのチーデムはどこか様子がおかしい。苦く笑って「結局はさ、行かなくちゃいけないじゃない?」と言う。僕にはまったく意味が分からない。すると、チーデムは、父親が仕事をリストラされたこと、近い内に親せきの家へ身を寄せるため、この地を離れることを明かす。
具体的な場所は書かれていないが、トルコの海、特にマルマラ海沿いは冬になるとポイラズ(Poyraz)という北東の風が非常に強く吹き、荒れる。


冬のボスポラス海峡。外海ではないが、北東の風が強く波も高い

その荒々しく波の高い海の描写も美しく、若い僕とチーデムの不安が感じられる。
日常を突然壊してしまう出来事が描かれた15篇は、友情、家族、地域での暮らし、青春の悩みなどがテーマになっている。学校帰りに食べたアイスホッケーの味、窓の前にいる二人の兄弟の楽しみ、青空を舞う翼に乗せた夢、恋の勇気、父の背中などを題材に、トルコの地で毎日の生活を送る普通の少年少女の悩みが描かれる。オンデレオールは、悩みながらも希望を見いだすことをやめない青春の姿を表現している。

注2:ミッリエト紙による、トルコ人作家ハルドゥン・タネルの名を冠した文学賞。1987年に設立された。年に一度、受賞者が発表され、その年の最も優れた短編作家に送られる。





執筆者プロフィール

Füsun Çetinel
(フュスン・チェティネル)
イスタンブル生まれ。オーストリア高校を卒業後、ボアズィチ大学英語教育学科を修了する。教師として勤務するかたわら、イギリスで語学学校のスタッフとしても活動。イスタンブルのブルガズ島にあるサイト・ファーイク博物館で、お話のワークショップを開催する。トルコ国外のワークショップでも、若者たちと社会問題についての活動を行う。
作品は、雑誌やインターネットなどで発表されてきた。最初の書籍の形となったのが、アヤソフィアの秘密をひとりの少年が追うという『アヤソフィアはうたう』(2015)。その後、『秘密の道』(2016)、『壁の前の三週間』(2017)を発表した。夫、娘と共にイスタンブルに暮らす。

Neslihan Önderoğlu
(ネスリハン・オンデレオール)
イスタンブル生まれ。ボアズィチ大学卒業。2012年に発表した最初の作品『お入りにならなかったの?』で、2013年にハルドゥン・タネル文学賞を受賞した。その後、自ら編集も手掛けるなど、多くの短編集を発表している。2014年から児童・ヤングアダルト向けの作品にも挑戦を始める。最初の長編は、ギュンウシュウ出版の「かけはし文庫」のために書いた『私にあなたの声を預けて』(2015)。イスタンブルに暮らす。