第29回
1.Ara Sıra ve Daima /『ときどき、いつも』
ギュンウシュウ出版のヤングアダルトシリーズ、ON8文庫で話題になっているエッセイ集。トルコ初の女性映画評論家であるセヴィン・オクヤイが、これまで出会った70人の文化人の人となりを描き出す。単なるポートレートではなく、その人たちが、生きるということをいかに考えているかを、若い読者に提示していると、ハンデさんは語っている。
© Günışığı Kitaplığı
ハルク・ビルギネル(俳優)、メラル・オカイ(俳優・脚本家)、エジェ・アイハン(詩人)、タルカン(歌手)、トゥンジェル・クルティズ(俳優・劇作家)、ミーナ・ウルガン(英文学者・言語学者)、ジャック・デレオン(作家・歴史学者)、オスマン・シャーヒン(作家)、フラント・ディンク(ジャーナリスト)、ニュクヘト・ルアジャン(ジャズシンガー)……。
いずれの人物も、トルコ国内外で高い評価を受け、活躍している人物、もしくは故人である。基本的には、「トルコ人」(トルコ共和国の国籍を持つ)であるが、自身の地盤(アイデンティティといってもよい)を確固たるものとして持っている。
例えば、上記のジャック・デレオンは、イスタンブル生まれのユダヤ系トルコ人である。ボアズィチ大学の教授でもあったデレオンは、舞台芸術史やイスタンブル食文化について、トルコ語と英語両言語で多数の論文をのこしている。また、日本でも名前が知られている歌手のタルカンは、ドイツ移民であったトルコ人の両親のもとに生まれ、13歳でトルコに「帰国」した。音楽学校を卒業後、欧米でも人気となり、オリンピックの公式アルバムにも参加している。2007年に暗殺され、日本でも大きく報道されたフラント・ディンクは、トルコの東アナトリア地方マラティヤ生まれのアルメニア系トルコ人である。
政治的な思想は別にして、本来、地政学的にまた歴史的にも多民族・多文化であった、トルコという国が存在する土地をよく表した一冊といえる。
セヴィン・オクヤイは、どの人物についても、誠意を持ち、かつ明るい描写を心掛けている。1980年以降の、特にイスタンブルにおける、文化と芸術を集約したといえる。また、70のポートレートの最後に「ヴィニー、もしくはヴィンヴィン」のタイトルで、自身の両親と子どもたちのことを書いている。タイトルは、少女時代に父親から呼ばれていた彼女のあだなである。
セヴィン・オクヤイは、自身について、第三者目線を用い、こう書いている。
- パソコン机の樋(とい)にくぎ付けにされたようなものである。二回ほど、間違ってソファに座ってしまったときには、どこかに客に来たのかと思ったらしい。といって、客に呼ばれるのははっきりいって好きではない。自分に合う化粧以外は、格好には構わない。昔のことはふり返らない。
- 何か書かなくてはならないのなら、スポーツを題材に選ぶ。そして、猫が好き。
2.Tuhaf Şeyler Oluyor Bay Trantino/『奇妙なことが起きたの、ミスター・タランティーノ』
ギュンウシュウ出版のヤングアダルトシリーズ、ON8文庫。ハルドゥン・タネル文学賞を受賞したネスリハン・オンデルオールが、映画という虚構と現実のはざまに落ちた少女を描く。
2017年に発表したAy Dolandı(『絡みつく月』)でも描いたように、非現実的、幻想的な世界と、現実の社会をからめた作風は、ネスリハン・オンデルオールの得意とするところである。
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エヴレンはシネフィルだ。つまり、映画が好きで好きでたまらない、ということ。朝と言わず夜と言わず、時間があれば映画を見ている。しかし、大学の映画学科に合格してから、あまりに映画にのめりこんだせいなのか、奇妙な事態がたびたび起こるようになる。
映画の『タクシー・ドライバー』でロバート・デ・ニーロが演じた主人公トラヴィス、『パルプ・フィクション』でユマ・サーマンが演じたミア・ウォレス。そのほかの映画の登場人物たちが、目の前に現れて、動き、語るようになった。ただ語るだけではなく、エヴレンと会話までしていく。
しばらくその現象が続き、エヴレンはどんどん頭が混乱していくのを感じていた。そして今度は、自分の周囲の人間が、ひとり、またひとりと消えていくようになる。
「幻想的ながら説得力のある文章で、アナトリアのとある町を、ハリウッドに変える。これまであまり書かれてこなかったタイプの作品」と編集部は評している。