第36回
1.Sen Ne İstersen /『君が何を望んでも』
複数の文学賞を受賞したネスリハン・オンデルオールの短編集。25編の短編が収められている。同じく短編集の『不幸せなピエロ連盟』(2016)に続き、若者たちの日常を描く。
中学生以上推奨。
「入江の一日」では、三人の少年が誰もいない入江で夏休みのある一日を過ごす。
イスタンブルの同じアパルトマンに暮らすオメル、トゥンチ、メテは、今年の夏休みにどこにも行けないという悲しみを共有している。家の新車のローンのせいだったり、両親の仕事が忙しすぎるせいだったり。
ある日、オメルがアダラル(注1)の入江に行こうと提案した。昨年、大学生の兄とその友人たちと一緒に行った島に小さな入江がある、そこなら一日遊べるからと。トゥンチもメテもすぐに賛成した。オメルは、「ただし、だいぶ歩くからね。島の反対側に出なくちゃいけないからさ。あとから文句言うのは、なしな」と笑った。
朝一番のアダラル行きのフェリーに乗り、三人は島に着いた。平日だったので、船も島もすいていた。ずっと歩いて、トゥンチとメテが文句を言いはじめたころ、アスファルトの道は終わり、森に続く小道に入った。キャンプをする人もおらず、シンとした道だった。メテは携帯の電波を確かめて、「すごく弱いや」と不満を言った。
カモメの声を追ってたどり着いたほんの小さな入江は、小石と貝殻の海岸で、海はガラスのようにキラキラしていた。そして、三人以外に誰もいなかった。
学校、休暇、家庭、ショッピングモールといった、ふつうの生活圏の中で過ごす若者たちの、日常の心の動きや会話がテーマとなっている。不安がテーマだった『不幸せなピエロ連盟』とは異なる面から、それぞれの青春の姿を描く。
2.Bozuk Saat /『壊れた時計』
ユヌス・ナーディ文学賞を受賞したウルマク・ズィレリによる、ON8文庫のヤングアダルト作品。
とある広場に飾られている「壊れた時計」の目を通して、人の心の底、ものごとの本来の姿、自然の声を追いかける。その時計は200歳で、広場に設置されてからは100年ほどが経つらしい。長い時間、自分の周囲の出来事、人びとを見つめてきた時計の語りで物語は進む。
私はかつて、ある城の庭に飾られていた。そこに連れてこられてからしばらくして、私の不具合が始まったのだ。当初、己の不具合に私自身も理由がつけられなかった。城の者たちが時計屋に持っていっても、「この時計におかしなとこなんてありませんや、持って帰ってくださいよ」と言われてしまう。しかし、私は気がついた。この城の城主が私のそばに近づくと、私の時間が狂うことに。私は、彼の決して安寧を覚えない感情の上下に影響されてしまうのだ。彼の感情によって、私の針は止まり、もしくはやけに早く進む。結局、私は城主の命で城の倉庫にしまわれた。
次に日の目を見たのは、城主が死んだあとだった。皆は、私をとある広場に飾った。そしてすぐに、「壊れた時計」と呼ぶようになった。
広場でのある日、私は三日月の形に座り、ある人物の語る物語を熱心に聞いている、子どもたちの一団が気になった。そっと近づいて(もちろん物理的に近づきはしない、おかわりだろうが)みると、いつの間にはひとりの少年の目の中に私の視界は入りこんでいた。
時がこぼれ落ちるような時計の語りには、忍耐、希望、忘却、懐古、孤独が描かれていると編集部は評している。
注1:アダラルは、イスタンブルのマルマラ海沖にあるプリンスィズ諸島のこと。9つの島からなる。プリンスィズ諸島の名は、ビザンツ帝国時代に王族、貴族の流刑地であったことから。現在は避暑地、別荘地として人気がある。
© suzuki ikuko
ビュユック島。各島では公用車以外の車の走行は禁止されているので、観光客相手の馬車が走る。
夏の島は花盛りになる
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ブルガズ島。フェリーの船着き場近くにあるレストラン。魚を食べさせてくれる