第37回
2019年の新刊の話を聞いたあと、熱々のチャイ(トルコの紅茶)をいただきながら、ミュレン・ベイカンさんとハンデ・デミルタシュさんに聞いてみました。
「新刊とは別に、この作家は特に紹介しておきたい、というひとはいますか?」
「それはもちろん!」
「イスメット・ベルタンですね!」
「そうね!」
以前紹介した「アナトリア時代シリーズ」で人気のイスメット・ベルタンは、詳細な取材をもとにした緻密な作品で知られています。ベルタン自身、調べものが好きで、それ以上に物語を書くことが好きなのだとミュレンさんは言います。
「これはどうだろう、あれはどうだろう、こういうおもしろい題材もあるんだけどな、って編集部にどんどん企画を持ってくるんです。本当に楽しそうに。今、『アナトリア時代シリーズ』が一段落して少しお休みしているけれど、また素晴らしい作品を書いてくれると思いますよ」
イスメット・ベルタンは、TRT(トルコ・ラジオ・テレビ)に勤務していたあいだにトルコ各地を巡り、アナトリアという広大な土地がいかに多くの民族と文化をつちかってきたか、その流れが今日のトルコにいかに大切かということに気がつき、子どもたちに向けた一連の作品を書こうと決心した、と語っています。
7冊からなるシリーズは、『ミダスと魔術師』(フリギア王国)、『王の伝令』(ヒッタイト王国)、『ゴラト城の囚人』(カッパドキア)、『虎の女王』(黒海地方のアマゾネス)、『黄金の虜囚』(ウラルトゥ王国)、『闘牛士』(ビザンツ)、『海賊の娘たち』(オスマン帝国)。
今回は、ベルタンが小学生向けに書いた3作品を紹介します。
1.Hızlı Tosbi /『はやいぞトスビー』
2005年に「今年の児童向け小説」に選ばれた作品。小さな亀のトスビーの冒険を描く。小学校中学年以上推奨。
お母さん亀といっしょに、農家の庭に暮らしている小さな亀のトスビー。友だちのトカゲ・ギズレッキや、農場の孫むすめセゼンと遊んでは、新鮮な野菜をおなかいっぱい食べて楽しい毎日を過ごしていた。でも、お母さんはいつも、「遠くへ行ってはいけませんよ」と言う。ギズレッキのお母さんは、春の初め、渡り鳥につかまってしまったのだ。
ある週末、トスビーは、セゼンといっしょにかくれんぼをしていた。セゼンが家に入ったあとも、遊び足りないトスビーは、ギズレッキを誘いにでかけた。その時、ノスリがトスビーをつかまえて、空に舞い上がった。高い岩山が見えてきて、もう家に帰れないんだろうか、とトスビーが考えはじめたとき、巣を守るハシボソガラスがノスリを攻撃してきた。ノスリは、トスビーを落としてしまった。
水辺のアシの葉の上に落ちたトスビーは、水ヘビにはげまされ、家に帰るため歩きだす。
2.Hödük, Güdük, Bir de Bıdık, Rap Rap Rap! /『ホデュック、ギュデュック、それにブドゥック、走れ走れ!』
飼い主に捨てられた動物たちの奮闘を描く。小学校中学年以上推奨。
本当に小さな子犬だったホデュックは、5歳の女の子に気に入られ、その家族に迎えられた。家族になって1年後、ホデュックの誕生日が開かれた。招待されたネルミンさんがそこへ連れてきたのが、まっ白でふわふわの猫。妊娠していた猫は、静かにしていたホデュックにも敏感になり、パニックになった。ネルミンさんは、子猫が生まれたら1匹くれると言い、女の子は子猫のことしか考えられなくなる。そして、ネジャティおじさんが、「ホデュックは、大きくなったな。もっと広い家がいるんじゃないか」と言った。家族にそんな余裕はまだなかった。そんなこんなが重なって、ホデュックは捨てられてしまったのだ。
なんとか住み着いた町の人は親切で、よく食べものをくれる。ホデュックはそこで、小型犬のギュデュック、子猫のブドゥックと知り合う。捨てられたことを絶対に認めようとしないギュデュックと、母が車に引かれたことを知らずに捜すブドゥック。3匹はなかよく暮らすことにしたが、野良犬の黒犬軍団にねらわれるようになる。
3.Şaşkın Cengâver /『ぶっとびジェンギャーベル』
トルコに伝わるむかしばなしを再話したもの。いわゆる「まぬけだったり、なまけものだったりする息子」が英雄になる物語。小学校中学年以上推奨。
ジェンギャーベルの母親は、どうにもまぬけでなまけものの息子は立派な大人になれないのではないか、と心配でたまらなかった。世間というものを学んでくるように、息子を旅に送り出した。ジェンギャーベルが山を越えてどんどん行くと、谷があってつり橋がかかっていた。橋の前にはふたりの見張りが立っていた。その向こうが、金(かね)が大好きな王さまの国だった。
ジェンギャーベルは、見張りの前に立ってこう言った。「偉大なる王は、姫のため勇敢な婿を探していると聞いたぞ、ぼくがその勇者だ」。姫の顔も知らないのに。
こうしてジェンギャーベルは、みにくい姫のメリケ・ヒンディバに求婚しなくてはならなくなった。その上、だれも場所を知らないナフ山に住む、たくさんの頭を持つヘビの卵を取りに行かされるはめになる。
『トスビー』での柔らかな語り、『ホデュック…』でのシリアスな展開、そして『ジェンギャーベル』での軽妙さと、イスメット・ベルタンの作品は変化に富んでいる、と編集部は評している。