第38回

コロナの影響で2020年はトルコへ行けずに終わりました。

トルコでも感染拡大が続いていて、やはりリスクが高いのはイスタンブルだそうです。イスタンブルに住むÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)のセルピル・ウラルさんからは「高齢者は外出制限がかかっていて、1日3時間以上の外出は禁止なの。イスタンブルで『どこかに行こう』となったら3時間で行って帰ってくるなんでできっこないんですよ。出歩くのは家の周りだけ」とメールが来ました。

ギュンウシュウ出版のミュレン・ベイカンさんからもメールが来て、「オフィスに出ずに家からリモートという日も多かったの。でも今はだいたいオフィスにいます。本は、紙を相手にするでしょう。だからやっぱりオフィスにいなくては。マスクで完全防備です」とのこと。

2020年のイスタンブル・ブックフェアは一度延期になりましたが、現在12月19日~27日の開催を予定しているそうです。しか2020年12月1日現在、主催のHPにはブックフェアの情報は上がっていません。どうなるのか、というところです。

そんな中、ギュンウシュウ出版から2020年のカタログを届けていただきました。コロナのせいでHPの整備も間に合わない作品がちらほらあったようですが、ミュレン・ベイカンさん、ハンデ・デミルタシュさんはじめ、ギュンウシュウ出版のみなさんは頑張っていらっしゃるようです。

2020年に発行されたギュンウシュウ出版の作品を紹介していきます。


1.Karanlıktan Korkan Mum /『くらやみがきらいなロウソク』

セレン・アイドゥンの「小さなもの」たちに目線を合わせる物語。「小さなもの」たちに流れる時間を一本のロウソクを通して描こうとした。さし絵はフバン・コルマン。

小学校低学年以上推奨。


© Günışığı Kitaplığı



ある晩、停電がおきた。家族はあわててロウソクをさがしはじめる。そのころ、居間にある引き出しの中では赤いロウソクのセラミーがブツブツ言っていた。何か月ものあいだ、家の細々したあれやこれやといっしょにこの引き出しにほうりこまれたままだったのだ。


「何か月も、私がこの暗闇の中で何を思っていたか君たちにはわからないだろうな。私のことを考えてくれる者などなかった。引き出しが開く音がするたびに心がおどったんだぞ。なのにほうりこまれるのは、ガラクタばっかり」


するとその家の女の子がセラミーを見つけ、火をつけた。セラミーは幸福だった。居間を照らしながら、ずっと同じことを心の中でくり返していた。


「永遠に燃えつづけていたいなあ。でも、とけてなくなってしまうのはいやだなあ……」


その30分後に電気がついた。セラミーは腹を立てる。だれもがロウソクのあかりの中でくらしていた、古き良き日々を思い出していた。そしてセラミーの火は消えなくなった。だれがどうやっても消えない。

ついに家族は、この強情な赤いロウソクを「ロウソク専門医」にみせることに決めた。

この作品は、セレン・アイドゥンが長らく温めてきた物語がもとになっている。



2.Pas Pas Tepemde Kapiş Paçamda /『パスパスはあたまのうえ、カピシュはあしもと』

アフメット・ビュケの「ゼイノの家族シリーズ」4作目。『わあ! パパが詩をかいた!』『ママと宇宙へ』『楽しいまいにち』に続く作品となる。さし絵は今作からメルヴェ・アトゥルガンに変わった。

小学校低学年以上推奨。


© Günışığı Kitaplığı



ゼイノの家ではパスパスという猫を飼っている。ある朝、ゼイノが目をさますとパスパスが頭のところで丸まってのどを鳴らしていた。ゼイノが寝たふりをすると、しっぽを口に入れてくる。それじゃあ、とふとんにもぐればパスパスはほんの少しのすき間を見つけてもぐりこんでくる。そしてゼイノの髪にじゃれはじめた。もうしょうがないな、とゼイノがあきらめておき上がっても、パスパスはゼイノの髪が気に入ったらしくはなれようとしない。

それからゼイノは朝のしたくをして、朝ごはんを食べた。鏡の前に座って髪をとかそう、としたとき、まだパスパスが頭の上にいたことを思い出した。「パスパス、まだそこにいたの!」

ゼイノはパスパスを下ろそうとしたが、しっかり髪にからんでしまってどうやってもとれない。


「もう、しょうがないな。このまま出かけちゃおう」


下の階に住むヌルハヤットおばさんは、ゼイノの頭を見てびっくりした。「あらやだちょっと、ゼイノ、それは大丈夫なの?」「パスパスをぼうしにしたの」

おばさんは、「カピシュに気をつけなさいよ」と言った。カピシュはゼイノの町に住む野良犬でいたずら好き。そして猫が大嫌いだ。それなのに、ゼイノはパスパスを頭に乗せて散歩しようとしている。「パスパス、犬を見るか、来そうだなって思ったら教えてよ」

そして運悪く、ゼイノとパスパスはカピシュに見つかってしまった。走りに走って逃げ、木に登ったが、今度はカラスにねらわれることになる。

作家プロフィール

Selen Aydın

(セレン・アイドゥン)

1975年、イスタンブル生まれ。マルマラ大学コミュニケーション学部広告学科を卒業。広告会社でコピーライターをして勤務する。企業コミュニケーションの分野で活躍する。その後、文学創作のアトリエに参加し、児童向け作品を手がける。最初の児童向け作品『くらやみがきらいなロウソク』(2020)を発表する。イスタンブルに暮らす。

Ahmet Büke

(アフメット・ビュケ)

1970年、トルコ・エーゲ海地方のマニサ生まれ。1997年、イズミル・ドクズ・エイリュリュ大学の経済行政学部経済学科を卒業。2008年、オウズ・アタイ文学賞、2011年サイト・ファーイク文学賞を受賞した。精力的に作品を発表してきたが、近年その場を雑誌からインターネットに移した。ギュンウシュウ出版での最初の作品となった(『深い問題』(2013)も、ON8文庫のブログに連載されていた『ベドの本棚』を書籍化したもの。同作はÇocuk ve Gençlik Yayınları Derneği’nin(ÇGYD/児童・ヤングアダルト図書協会)で、同年のヤングアダルト作品賞を受賞した。自身の発表の場としても、複数のブログを持っている。


2015年に、書籍について独自の視線で解析・紹介をする、『百の奇妙な本』を発表した。2017年に初めての児童向け作品に挑戦した。それがゼイノの家族シリーズで『わあ! パパが詩をかいた!』(2017)、『ママと宇宙へ』(2017)、『楽しいまいにち』(2019)。2020年にシリーズの新作『パスパスはあたまのうえ、カピシュはあしもと』。また架け橋文庫から『ギョクチェの道』(2018)を発表した。家族と共にイズミルに暮らす。

* *

Müren Beykan

(ミュレン・ベイカン)

1979年、イスタンブル工科大学を卒業。1981年、同大学建築史と修復研究所で修士を、2004年にはイスタンブル大学の文学部考古学部で博士を修める。博士論文は、2013年、イスタンブル・ドイツ考古学学会によって
書籍化された。1980年以降は、1996年にイスタンブルで開催されたHABITAT II(国連人間居住会議)のカタログの編集など、重要な編集作業に多く参加する。

1996年、ギュンウシュウ出版創設者のひとりとして名前を連ねる。現代児童向け文学、ヤングアダルト文学の編集、編集責任者、発行者として活動する。ON8文庫創設後は、ギュンウシュウ出版と並行して、こちらの編集責任者も務めている。

Hande DEMİRTAŞ

(ハンデ・デミルタシュ)

1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。

執筆者プロフィール

鈴木郁子

(すずき・いくこ)

「トルコ文学を学ぼう」と決め、出版関係の仕事を辞め、再び学生になるためにトルコ入りしたのは、2006年4月のこと。日本の大学で学んだのは日本の上代文学で、トルコ文学のことは何も知らなかった。

語学学校を経て、トルコはイスタンブルのマルマラ国立大学大学院に合格したのが2008年9月。トルコ学研究所の近・現代トルコ文学室に籍を置き、19世紀末から現代までのトルコ文学を学んできた。トルコ語で書いた修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。帰国後も、近・現代トルコ文学研究、翻訳、通訳、講師など、トルコ語に携わる。児童書を含め、トルコ文学を少しでも日本に紹介しようと動いている。