C009-06 of Sola_Web

column_titleback11.jpg

第6回


主人公はおとうさん
本国アメリカでは1948年に書かれた『エルマーのぼうけん』。もう日本で紹介されてから半世紀以上経っているにもかかわらず、変わらぬ人気の幼年文学である。子どものころ、空色のりゅうを助けるためにどうぶつ島に出かけるエルマーの旅にワクワクしたことを思い出すおとなも多いと思う。しかし、この本の原題が「My Father’s Dragon」、つまり「ぼくのおとうさんのりゅう」であり、主人公のエルマー・エレベーターが、語り手のおとうさんであり、この物語はおとうさんが小さいころの話だということを覚えている人は少ないだろう。なぜおとうさんの話なのか?
それは昔話の決まり文句、「むかしむかしあるところに」の一バリエーションなのではないか、とわたしは推測している。そんなに遠い昔ではないけれども過去のあるとき、今の話じゃない、だからりゅうを助けにどうぶつ島にいくこともありなんだという言い訳なのではないだろうか。

のらねこの役割
さらに、確かめたくて本を手に取りなおしたおとなは、しょっぱなからもう一つの驚きに出会う。エルマー、家出したんだ!
この話は、単に心やさしい少年がりゅうを助けに行く冒険ものではない、実は、おかあさんの横暴に耐えかねて家出した少年の物語なのだ。ことのおこりは「ネコ」だった。
エルマーが拾ってきたのらねこを、おかあさんはきたないから捨ててきなさいと叱った。しかし、動物好きのエルマーは、おかあさんに隠れてこっそりネコに食べ物を与え、かくまっていた。三週間してそのことがばれてしまい、おかあさんは怒って、エルマーをむちで打ち、ネコを窓からほうり出してしまう。
捨てられていた動物を簡単に拾ってくる男の子に手を焼くおかあさんの気持ちがわからなくはない。とはいえ、このおかあさん、ちょっと厳しすぎないか。もしかすると、ネコが息子を自分から遠いところに連れ出してしまうことを無意識に予測していたのかもしれない。そう、こののらねここそ、エルマーの家出の冒険旅行の陰の立役者だったのだ。
エルマーはその母のもとから逃げ出したわけなので、これは九歳の少年のはじめての自立の試みなのだが、同時に広い外の世界への憧れをそそったのが、こののらねこから聞いた話だったというのも意味深い。エルマーは空飛ぶ乗り物にあこがれていた。そのことを知ったのらねこは、どうぶつ島にとらわれているかわいそうなりゅうのことを教え、エルマーの家を出たい気持ちに拍車をかける。
たいていの子ども読者は、この先の冒険部分が面白くて読んでいるので、エルマーがおとうさんであることとか、語り手にとってはおばあさんにあたるおかあさんがいじわるだったこととか、のらねこが入れ知恵してエルマーが家出したこととかはすっとばして読んでいることが多い。しかしこの、年老いて経験を積み、あちこちを旅して暮らしてきたのらねこは看過しがたい重要キャラクターである。エルマーの、空を飛ぶ夢をかなえさせるため、イニシエーションを用意する役割なのだから。

昔話を転覆
リュックサックに準備万端整えて、みかん島経由でどうぶつ島に渡ったエルマーは、昔話のセオリー通りに核心の目的に向かって邁進するが、セオリー通りに妨害に会い、危機にさらされる。つぎつぎに行く手に現れるねずみ、カメ、イノシシ、トラ、サイ、ライオン、ゴリラ、ワニ。そのたびに、持ってきたキャンディやみかんやはみがきやリボンやくしが数までぴったりと役に立ち、エルマーは窮地を逃れて先に進む。このあたりもまた昔話の型をつかった物語の進行である。今風にいうとゲーム的ともいえるかもしれない(というより順序からして、ゲームが昔話的なのである)。そういえば、『ちびくろさんぼ』も、主人公は同様の手法でトラから逃げる。小さく無力な主人公が、大きくて力の強い動物に知恵でうちかつという定番であり、これこそが幼年文学の真髄というものであろう。
さて、ところが、昔話であれば、主人公が助けに行くのはお姫さまであり、何がお姫さまをとりこにしているかというと、それは鬼であり、ドラゴン(りゅう)である。『エルマーのぼうけん』はここのところであざやかに昔話を転覆している。救われる対象がドラゴンなのだ。そのドラゴンは、昔話のそれのように火を噴き、城を焼きはらい、乙女を喰らう脅威ではなく、青と黄色のしま模様でおとなしく、その労働力をどうぶつ島の動物たちに搾取されている、哀れな子どもなのだ。

「のら」という存在
『エルマーのぼうけん』に登場する動物たちは、トラやワニなど、実際に存在するけれども、読者にとっては動物園でしか触れ合えないようなものが多い。しかし、エルマーが助け出して友だちになるのは、架空の動物、りゅうであり、この冒険のきっかけを作ったのは、ひとに飼われる存在でありつつ「のら」であるネコ、すなわち家と外の境界線上の存在だった。
ふだんの生活で触れ合う機会の多い動物から、絵本や動物園で知っている動物へ、そして幻獣へ。エルマーの世界がだんだんに広がっていくのがわかるだろう。そのとき、エルマーに手を貸して、外の世界へ導くのは、同じペットでもイヌではありえない。ネコの勝手気ままさ、飼われていても従属はしない自立性、人間にこびない誇り。想像の世界と現実の間をきままに行き来し、自立に目覚めた少年を未知の世界に案内するのは、時には狡猾に人をだます、野生を秘めたネコでなければならないのだ。

ちなみに、続編『エルマーとりゅう』になると、おかあさんはすっかり悔い改めて、エルマーのためにのらねこを保護し、なかんずく溺愛までして、息子の帰りを待っている。すっかり飼いならされてしまったというわけだ。

注)このエッセイは日本女子大学修士課程卒業生の佐々木麻実さんの論文「『エルマーのぼうけん』をめぐる動物たち」(『日月』第十四号、2017)にヒントを得たものです。

milk_btn_pagetop.png





エルマー.jpg

『エルマーのぼうけん』
ルース・スタイルス・ガネット/さく
ルース・クリスマン・ガネット/え
わたなべしげお/やく
福音館書店