第9回

ビアトリクス・ポターの絵本は、福音館書店から、全部で24冊翻訳が出ている。『ピーターラビットのおはなし』が最も有名だが、彼女の絵本で主人公を務めるのは、ネズミ、リス、ウサギ、カエルなどの野生の動物の場合もあれば、アヒル、イヌ、ブタなどの人間に飼われている動物の場合もある。名前も出てこない脇役に至っては、そうとう多数の動物が登場することになる。
家畜やペットの中には、アヒルのジマイマやイヌのケップのように、明らかに人間に飼われている設定そのまま登場してくるものもいれば、ペットのはずなのに一家を構える家族として、擬人化されて出てくるものもいる。ネコの場合、『グロースターの仕たて屋』に見るように、飼いネコとして出てくる場合と、『こねこのトムのおはなし』、『モペットちゃんのおはなし』のように、お母さんのタビタおくさんに育てられる子ネコたち(母子家庭であるらしい)という擬人化された家族の場合とがあるようだ。
とりあえず、このエッセイでは「ネコ」という言葉や、ネコの名前がタイトルに出てこない物語を扱う、と限定しているので、タビタおくさんのおうちのおはなしは対象外なのだが、これだけ省くのもおかしいので、今回は言及させてもらおう。
ポターの絵本からは、ウサギやネズミなどの小動物に対する深い愛情を感じることができる。彼女の生涯を顧みても、ウサギに対する深い愛は、ペットとして実際に飼っていたピーターやベンジャミンという子がいたことからも明らかなのだが、はたしてネコについては、どうだったのだろうか? ポターがネコを飼っていたとか、ネコを深く愛していたという話はあまり聞かないのだが、彼女の絵本を見ていると、なんだかネコに対するアンビヴァレントな感情が読み取れるような気がしてくる。やや謎めいた、得体のしれない、どちらの味方か、見当もつかない、そんな存在。または、ネズミを襲う敵として、イヌを恐れるペットとして、相対的に存在しているキャラクター。


タビタおくさんと3匹の子ネコ
ポターの24冊の絵本は、まったく独立しているわけではなく、登場する動物の多くは、系図・交流図が描けるだけの、ゆるやかな関係でつながっている。
タビタおくさんは、『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』でちらりと言及されるように、女手一つで雑貨屋のお店をやって、暮らしを立てているようであるが、彼女のモットーは「かけうりはいっさいいたしません」ということで、その手堅さは筋金入りである。しかし、一方でおくさんは、近所の目や、体面というものが非常に気になる、ヴィクトリア朝の女性でもある。いつもは生まれたままの姿で——というかネコならそれが普通なのだが——遊んでいる子どもたち、モペット、ミント、トムの3人きょうだいだが、お客さんが来るということになると、お母さんとしては、しつけのいいところを見せねばならないのだ。顔を洗い、ブラシをかけ、ひげにくしを入れ、きゅうくつで可愛い服を着せて、見栄を張ろうとする。子ネコをきれいにして服を着せようなどと、したことのある人なら想像がつこうが、じゃれつきはしゃぎまわる子ネコ、しかもそれが3匹いるのだ。おとなしくさせておくなんて、それこそ至難の業である。当然、見開き5枚にわたって、タビタおくさんの苦労が描かれている。ひらひらえりのよそいきエプロンを着せられているところを見ると、モペットとミントは女の子、太りすぎていてボタンがはじけ飛んだロンパースを着せられたトムは男の子である(トムというのは英語でオスネコのこと)。トムが一番いたずらっ子でお母さんの顔をひっかいてしまう、というのは、ピーターラビットのおはなしと同様、3人きょうだいのなかで一番の問題児は男の子であるということらしい。
しかし、ピーターの妹たちがみんなおとなしいいい子だったのとは大違い。うしろあしで立ちあがって歩き、服を汚さないよう言いつけられたのにもかかわらず、外に出るや否や、この子ネコきょうだいのせっかくのおしゃれは、すさまじい状況になってしまう。2本足歩行がおぼつかないため、エプロンの裾を踏んで転んでしまい、緑のしみだらけ。ひらひらえりははずれて飛んでいく。トムの窮屈なズボンのボタンはすべてぶっ飛び、ロンパースは脱げてしまう。挙句の果てに、通りかかった3羽のアヒルに、子ネコたちの洋服はすべて持っていかれてしまった。
タビタおくさんはなにも着ていないきょうだいを見て呆然。叱って寝室に追いやり、寝かせてしまって、お客さんには「子どもたちははしかですの ほほほ」という感じでとりつくろってウソを言う。しかし子どもたちが寝込んでいるはずの2階からはどたばたがんがん、あばれる音が…。一方、アヒルたちも結局洋服を持て余し、池で泳いだときになくしてしまう。
この、『こねこのトムのおはなし』では、『ピーターラビットのおはなし』同様、洋服が母親から子どもに強要される「枷」として描かれる。トムの場合はより明白に、タビタおくさんの「世間体」、にわか仕立てでうわっつらの「教育」であることが示唆される。「きゅうくつでうつくしいようふく」は、子どもの自由を大きく制限する拘束衣なのだ。この作品では、見栄っ張りの母親と勝手気ままないたずらっ子というテーマが強調されていて、その点ではネコでなくてもありうる話なのだが、親が子どもの顔を洗ってやるところ、2本足歩行がかなり難しそう、というところがネコたるゆえんであろう。しかし、さすがタビタおくさんはオトナである。この女性は見事にドレスを着こなし、四つん這いになどならない。


ネコとネズミの知恵比べ
同じきょうだいを主人公にした『モペットちゃんのおはなし』と、名前の出てこないネコの『ずるいねこのおはなし』は、どちらもネコとネズミの知恵比べの話となる。ネコとネズミでは、普通なら勝敗は明らかなのだが、ポターのネズミは百戦錬磨、経験の少ない子ネコの行動などには負けていない。弱いものが強いものに頓智で打ち勝つ、「巨人殺しのジャック」などを祖型とする昔話のパターンをなぞり、はしこいネズミはまんまと逃げだし、だまされたネコは、実に格好の悪い敗北を味わう。
この2話では、永遠の敵同士としてネコとネズミが配置され、その型どおりに話が進行するので、『こねこのトムのおはなし』のようなキャラクター性は見当たらない。
『パイがふたつあったはなし』で、黒いイヌのダッチェスをお茶に招待するネコのリビーは、タビタおくさんのいとこである。しかしリビーは、いとこのことを評価していないらしく、もっと上品なお客を呼びたいと思って、ダッチェスを招いたのだ。しかし、リビーにネズミ入りのパイを食べさせられるのをひどく恐れたダッチェスが、こっそり自分の作ったパイを、リビーのオーブンに入れたことから大混乱が起こる——。最後にリビーは、やっぱり今度から、お茶に呼ぶならイヌじゃなくてタビタにしよう、と思い直す。違う種の動物の食べ物について、違和感、嫌悪感を抱くダッチェスの気持ちには、異文化理解の困難性を感じるが、それにしても、ネズミを口にするのを嫌悪しつつ、ネコの前でそれが言えないダッチェスの弱虫ぶり。このイヌは、お上品な愛玩犬として描かれているので、そのあたりにポターの皮肉があるのかもしれない。


やっぱりネズミが好き
マグレガーさんはネコを飼っている。『ピーターラビットのおはなし』で、ピーターが、畑じゅうを必死で逃げ回っているとき、池のほとりに白いネコがいるのに気がつく場面がある。ネコは池の中の金魚をねらっているのだが、銅像のようにじっとしていて、まったく動かない。ただしっぽの先だけが、生き物のようにときどきぴくりぴくり動いている。ネコには話しかけないほうがいい、といとこのベンジャミンに聞いていたピーターは、そっとそばを通り過ぎ、ネコにかかわりを持たないようにした。しかし、その後、『ベンジャミンバニーのおはなし』の中で、ピーターとベンジャミンは、再びマグレガーさんの庭に出かけ、今度はネコにひどい目にあわされることになるのだ。
今度のネコは、茶色のふわふわの毛並みで、赤いリボンを首につけている。道を曲がったとたんに、このネコに出くわしたベンジャミンとピーターは、あわててとってきた玉ねぎもろともにかごの中に伏せて隠れるのだが、なんとこのネコ、そのかごの上にてんと座って、5時間、動かなかったのである。暗いかごの中、玉ねぎのにおいに泣きながら、ネコがどいてくれるのを辛抱強く待たねばならなかったいたずらウサギたち!
どちらの話においても、ネコには一言もセリフがないのだが、やることが実にネコらしい。ウサギ目線で考えれば、攻撃してくるわけでも何でもないのに、なんともかとも得体のしれない、奇妙におっかない、何を考えているのかわからない、謎の生き物である。飼われておりながら、生き物を捕獲する野生を秘めたネコならではの役柄と言えよう。
『グロースターの仕たて屋』に出てくるのは、仕たて屋と一緒に暮らしていて、家の切り盛りを担当しているシンプキンというネコだ。銅貨をもってミルクを買いに行ったりするのだが、それ以上に擬人化されているわけではなく、終始ネコとして行動する。このネコが、実はずらりと並ぶ紅茶茶碗やどんぶりの下に、ひとつひとつ、ネズミを捕獲しているということは、絵を見なければわからない。文章では「ネズミがだいすきだった」と書いてあるだけだ。
シンプキンが買い物に出かけたすきに、ふと茶碗を持ち上げた仕たて屋は、次から次からネズミが出てくるのにびっくり仰天。シンプキンが捉えておいたものを、悪いかな、とは思ったが放してやった。おかげで仕たて屋は、熱を出した夜のあいだにも、ネズミの手伝いで市長さんの服の刺繍をしあげることができたのだが、逆に言うと、キープしておいたネズミを逃がされてしまったことを恨んだシンプキンが、穴かがりの糸を隠したから、仕たて屋は窮地に陥ったのであった。
お腹を空かせたシンプキンのイライラをからかうかのように、歌いながらネズミたちは仕立て仕事をやってのける。ネズミの歌う歌は、「ネコにバイオリン」という、あのマザーグースの歌の替え歌である。見事に仕上がった市長さんの服の刺繍を見て、穴糸を隠した自分の行動を恥じるシンプキン。すばしっこく器用なネズミたちには逃げられっぱなしである。
やっぱりポターは、ネコよりネズミのほうが好きなのだと、わたしは思いますよ(締めくくりの一文はポター風に)。









ピーターラビットのおはなし
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店



『ベンジャミンバニーのおはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店


『こねこのトムのおはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店



『モペットちゃんのおはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店



『グロースターの仕たて屋』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店


『パイがふたつあったはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店



『「ジンジャーとピクルズや」のおはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
いしいももこ/やく
福音館書店



『ずるいねこのおはなし』
ビアトリクス・ポター/さく・え
まさきるりこ/やく
福音館書店