第13回

孤独な生
掌に閻魔の梵字の入れ墨を持ち、幕末の乱世から昭和の戦後にかけて、不老不死の生を生きる刺青師、宝生閻魔。
彼は、かつては長州藩の武士、一之瀬周(あまね)として生まれ、京の都で新選組に潜入した隠密であった。瀕死の重傷を負ったところを宝生梅倖という刺青師に助けられ、鬼込めの刺青を掌に彫ることで命を長らえた。鬼込めとは、人の内部に鬼を封じ込め、その人の心からの望みをかなえると同時に、その人を鬼の支配下に置く呪いにも似た特殊な刺青である。
生きたいと願った周は、その時から、永遠に若いまま生き長らえるという業を背負った。自ら彫り物の技術を身に着け、死すべき運命の人間たちの間をすり抜けるように、宝生閻魔は孤独な生を生きてゆく。
幕末の京都、維新の東京、開化の横浜、そして終戦の広島を舞台に、永遠の命に憧れる人間たちと、不老不死の生を呪う閻魔のすれ違いが描かれてゆく。物語の筋のひとつは、閻魔が引き取って妹として育てる親友の娘、奈津との、お互い惹かれあいつつも耐える恋の物語である。最初は妹であった奈津が、やがては姉となり、母の年齢になり、そのうちに祖母となることはわかっているが、閻魔は100年経っても二十歳そこそこの青年だ。気丈な奈津は苦学して女医となるが、閻魔を思いやって独り身のままである。
呪われた生 夜叉と閻魔
もう一つの筋は、閻魔が探し求める兄弟子、鬼月夜叉との関わりだ。閻魔よりも早く梅倖の弟子であった彼は、鬼込めの刺青を自ら掌に彫り、不老不死となった。そのため彼は、閻魔よりも恐ろしい呪いのもとにあり、人の心臓を喰らって生きるさだめである。死に際に梅倖は、閻魔に「夜叉を殺せ」と言い残した。不老不死とはいえ、瞬時に首を斬りおとしたり、亡骸も残らないような形でなら、鬼込めされた者も生き返ることはできない。奈津を育てるという以外には、この世に生きる意味も持たない閻魔にとって、夜叉を探すということは、終わりのない生涯の、わずかな生甲斐のひとつであった。
夜叉は、この世に絶望した人のにおいをかぎ取り、死に誘う。彼が殺した人は心臓を喰われている。夜叉を追ううちに、閻魔は恐ろしい因縁に気が付いた。子どもの頃、たった一人、自分のことを気にかけてくれた優しい姉。気に染まぬ縁組の前に、何者かに殺されていた姉の死体に心臓はなかったのだ。姉を殺したのは夜叉だったに違いない。そのうえ、閻魔の大切な奈津にも、夜叉は幾度かその触手を伸ばしていた。両親を亡くして墓で泣いていた奈津のところに現れて、一緒に行こうと誘った美しい天使のような人のことを奈津は語った。それが夜叉に他ならないことを閻魔は悟る。
閻魔も、自らの運命を受け入れ、厭世的で刹那的で冷たい男だが、夜叉はそれに輪をかけて冷酷で残忍で人の心をもてあそぶ。閻魔と夜叉は追いつ追われつ、不老不死という同じ呪いを共有する。この影とそのまたもっと暗い影は、憎しみよりももっと強く深い絆で分かちがたくつながっているのである。
 
100年生きた黒ネコ
児童文学ともネコともかかわりのなさそうな物語である。時代小説というよりはもう少し軽くて、ライトノベルというよりはもう少しシリアスで、少女マンガにありそうな人物設定で、耽美的だが江戸川乱歩ほどのえぐさはない。児童文学だと言い張るつもりはないけれど、親に隠して読まねばならないほど不道徳でもない。永遠に生きる二十歳の刺青師にして、姉への復讐を胸に秘めた孤独な優男。けっこう中学生くらいで憧れるキャラクター設定なのである。

で、この呪われた刺青師、不老不死の美青年である閻魔の家には、ネコがいるのである。名前はクロ。宝生梅倖が生きていた頃、家に居ついた黒ネコで、梅倖が死んだあともそのまま閻魔に飼われている。ただし気分屋で、ふといなくなったり、また帰ってきたり、あまりなついているふうでもない。それでも傷を負った閻魔の顔をざらざらの舌でなめまわしたりしてくれるし、何よりもずっと閻魔の傍にいてくれる唯一の動物であった。このクロ、30年経っても歳を取る気配がなく、やや魔物めいた雰囲気がするのだ。
閻魔は、もしや梅倖がこのクロにも、鬼込めの刺青を試してみたのではないかと疑っていた。大けがを負って姿を消したのち、けろっとして帰ってきたこともあったのだ。そしてついにクロは閻魔と共に太平洋戦争の終末までを生き抜く。ネコの寿命は長くて20年だ。やはりクロは鬼込めネコだったのだ。だが、そのころになって急にクロは弱りだす。魔物めいた雰囲気は消え、年老いて死期を迎えたただのネコとなり、やがてクロは閻魔の前からすっかり姿を消し、帰ってこなかった。
かつて梅倖は、鬼込めをされた人間も、もしかしたら死ぬことがあるのかもしれないと口にしたことがあった。鬼がその人間に飽いた時、または鬼自身の存在がすり切れて、この世から消えてしまう時、もしかしたら閻魔も、死を迎えるのかもしれないと。
クロの衰弱と消失は、たしかに閻魔にとっては悲しい衝撃だったが、それは同時に彼にとって希望でもあった。鬼込めされたネコが老いて死ぬことがあるのなら、おのれの寿命にもまた限りがあることになるからだ。呪いのような終わりのない生にとって、それは救いでもあった。
しかし閻魔にとってつらいことには、閻魔の年齢をとうに追い越した奈津がそのことを憂い、クロを見習って姿を消すと置手紙を残し、家を出て行ってしまったのだった

永遠の生を生きる二十歳の刺青師が懐に抱く黒ネコ。100年の間、同じ時を生きてきた唯一の同胞だった。クロと閻魔の間に目に見えるような愛情関係があったわけではない。しかし、この男とネコの間には、絶望と希望を撚り混ぜたような縁が存在していたのである。

『裏閻魔』は三巻まで続き、今度はシロというネコが登場する。冷たく耽美な主人公には、やはり気ままで気位の高いネコが似合うのだ。







『裏閻魔』
 中村ふみ
 枻出版社