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第1回

──児童・ヤングアダルト図書協会(ÇGYD)とIBBYが関りを持つようになったのはいつからですか

セルピル・ウラル(以下、S・U) 児童・ヤングアダルト図書協会(ÇGYD)とIBBYの関りは1994年に始まりました。前にお話ししたように、この年、ÇGYDは公的に協会として国の認可を受けました。トルコ共和国の公的認可を持つ協会となってすぐ、IBBYと連携し、トルコの公的窓口として活動を開始しています。そもそも、ÇGYDはIBBYのトルコの窓口としての設立を目指していましたのでね。

──発足時のセルピルさんのÇGYDでの仕事とは

S・U あのころ私はまだ、独立した児童文学作品の執筆者、挿絵画家としての活動を続けていました。ÇGYDの設立者のひとりではありましたが、本部はイスタンブルにあり、私はアンカラ在住です。ですので、最初の運営理事会には参加することができませんでした。

──当時のÇGYDにはどんなメンバーが参加していましたか

S・U 創立メンバーは、ファティフ・エルドーアン(出版人、作家)、ナディル・エルギン・テルジ(図書館司書)、ギュルテン・ダユオール(作家)(下記注1)、ジャン・ギョクニル(作家、挿絵画家)(下記注2)、メラル・アルパイ(図書館司書)、アイラ・チュナルオール(作家、挿絵画家)(下記注3)、そして私セルピル・ウラル。他にも、作家、挿絵画家、図書館司書、教師や研究者がメンバーとして参加しました。
 ÇGYDの設立によって、トルコがIBBYに参加できたこと、参加したことでトルコの児童文学作品を世界に紹介し、また世界の優れた作品をトルコに紹介すること。参加した全員が、この事実が非常に重要であると信じて活動していたのです。

──IBBYに参加するに当たり、特別な準備はありましたか

S・U 特別、というより、トルコの窓口として各国同様、当然の活動をした、と言った方がよいでしょうね。
 IBBYの国際大会に参加し、IBBYオナーリストにトルコ作品を推薦し、私たちのプロジェクトを発表し(前回のシリーズでお話ししましたね)、トルコにおける児童・ヤングアダルト文学作品の現状や質を紹介してきました。ÇGYDの活動プロジェクトが、見本プロジェクトのひとつとして評価されたこともあります。

──そうして、活動を続け2018年へとつながるのですね。


S・U そうですね。次回は、2018年に向けてのお話を、少し詳しくさせていただきたいと思います。


──よろしくお願いします。


注1 Gülten Dayıoğlu(ギュルテン・ダユオール):1935年、トルコのエーゲ海地方キュタヒヤ県生まれ。トルコの作家。最初の作品は児童文学『Bahçıvanın Oğlu(庭師の息子)』。ラジオ、テレビドラマの脚本家、ジュムフリイェット紙などの新聞や雑誌などで記者職を務める。その後、作家業に専念し、1963~1971年の間に、短いお話の本を26作品発表する。

注2 Can Göknil(ジャン・ギョクニル):1945年、アンカラ生まれ。トルコの作家、挿絵画家。1968年アメリカのノックス大学(イリノイ州)で美術学部を卒業。1969年にニューヨーク市立大学シティカレッジの大学院の絵画芸術学部に入学する。作品『病気の魔除け』が日本のちひろ美術館(東京)に収蔵されている。

注3 Ayla Çınaroğlu(アイラ・チュナルオール):1939年、アンカラ生まれ。トルコの作家、挿絵画家。1972年以降、児童文学作品に携わる。子どものためのトルコ語読本にも関わり、トルコ国内のみでなく、オランダのトルコ系の子どもたちのためにも書き下ろしている。子どもたちに読書の習慣を持たせるために、直接対話が大切と考え、多くの小学校で活動を続ける。作品は『Okulda İlk Gün(きょうからがっこう)』(2011)など。








Serpil URAL(セルピル・ウラル)


1945年、トルコのイズミル生まれ。イスタンブルのウスキュダル・アメリカン高校、アメリカのブラッドフォード・ジュニア・カレッジ、イスタンブルの公立芸術学院(現在のマルマラ大学芸術学部)を修了。広告会社でコピーライター兼グラフィックデザイナーとして活動する。1978年から児童書に携わり、1980年にはミュンヘン国際児童図書館で長期の研修を受ける。1986年、第5回野間国際絵本原画コンクールで佳作を受賞。トルコ国内でも1997年にルファット・ウルガズ笑い話文学賞、トルコ・イシ銀行児童文学大賞を受賞。IBBY会員。
ウィスコンシン州国際アウトリーチコンソーシアムでの児童文学講演会で2003年の講演演者を務めるなど、国際的にも広く活動している。



©Serpil URAL