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第0回


はじめに、「遊動文学論へ」(『文學界』2017,11)と題したエッセイの全文を引いておく。この連載を念頭に置いて執筆したものであり、連載の開始にあたっての「イントロダクション」に代えたいと思う。

       ☆

わたしは二十年ほどの歳月を東北というフィールドで過ごした。山形に拠点を移したのは一九九二年の春である。バブル経済はたしかに陰りかけていたが、破綻のときを迎えていたわけではない。間もなく阪神淡路大震災が起こり、オウム真理教による地下鉄サリン事件が続いた。それはいくらか、東北からは遠い出来事だったかもしれない。

わたしはそのとき、東北学と名づけられるべき知の領域を切り開きたいと考えていた。おずおずと車を駆り、野辺歩きの旅を始めた。楽しかった。わたしは書斎を飛び出して、慣れない野良仕事に夢中になった。しばらくは、ひたすら東北のことだけを思い巡らし、文章を書くことに決めた。

だれに語ることもしなかったが、わたしはそれまで取り組んでいた異人・境界・供犠といったテーマを、きれいさっぱり棄てた。それから、「洋モノ」をひそかに封印することにした。「洋モノ」とは海の向こうから移入される欧米の思想や学問のことであった。それに対比して、「和モノ」とは柳田国男、折口信夫、宮本常一などの民俗学的な知の系譜を指していた。そんな手足を縛ったような窮屈な状態に身を置いて、眼の前に転がっている現実と対峙してみたいと考えたのだ。わたしの書くものからは、そうして「洋モノ」がまったく姿を消した。追放したのである。

いまにして思えば、なにやら頑なにすぎる選択ではあった。実際にも、わたしの書き物からはカタカナの人名が追放され、渡来の書物からの引用はいっさい禁じられた。二十年足らずの歳月を「和モノ」縛りで生きたのだ。そのお蔭で、わたしはきっと、民俗学的な知の可能性と限界らしきものを、突き詰めたかたちで知ることになったにちがいない。

二〇一一年の歳のはじめに、東京にもどった。二カ月ほどして、東日本大震災が始まった。わたしはほんの偶然から、それを東京で体験することになったわけだ。東北学の第二章が幕を開けるのかもしれない、と思った。その具体的な姿はいまだに見えてこない。

東京にもどってから、すこしずつ「和モノ」縛りをほどき、「洋モノ」を封印から解き放つことを始めた。なんだか、馬鹿げた選択をしてきたものだ、と感じないでもないが、むろん後悔はない。ホッとしたような、奇妙な解放感はある。とても楽になった。「和モノ」だけで眼の前の現実を語り尽くそうとして、大いに難儀を覚えることは多かった。「洋モノ」を借りて、かたどりしてやるとすぐに終わることが、「和モノ」縛りではなかなか結着がつかない。もどかしさに駆られる。それがときに快感であった。素手で戦っている感触があり、なんともいえず清々しかった。そして、それは終わった。わたしはやはり、民俗学者になり損なった、どこまでも半端な人間なのである。

近著の『性食考』などは、まさしく「和モノ」縛りの終焉から産み落とされた著作といっていい。それはまた、三十代の異人・境界・供犠といったテーマへの回帰という側面をもつ。むろん、わたしは二十数年間にわたる東北の野辺歩きをくぐり抜けてきた。たぶん、それなりに成熟だって遂げているはずだ。そのうえでの回帰ということだ。

たしかに、聞き書きのために村や町を訪れることはなくなった。しかし、気がついてみると、『性食考』という本の底には、食べること・交わること・殺すことの周辺で、たくさんの人々と交わした会話の切れ端が沈められている。日常生活のなかで重ねてきたフィールドワークの成果といえなくもない。それにしても、会話の相手のほとんどが女性であったことは、おそらく偶然ではない。そのことがこの本の帯びる肌ざわりを決めているかもしれない。

あらためて、還ってきたのだ、と思う。どこに。たとえば、遊動と定住という、ほとんどノスタルジックなテーマのかたわらに。共同体とはなにか、タブーとはなにか、ケガレとはなにか。一万年の定住の時代の終わりに、だからこそ、遊動と定住をめぐっての歩行と思索を極限まで深めておきたいと思う。それは避けがたく、吉本隆明の『共同幻想論』への留保、いや根底からの批判とならざるをえない。この人もまた、「和モノ」の系譜に連なる思想の人といっていいが、もはや「和モノ」の潔さに身を預けているときではない。

たとえば、遊動文学論といってみる。安部公房の『砂の女』について。砂とはなにか。共同体に堆積するケガレの象徴ではなかったか。ムラの周縁部に留め置かれて、ケガレを除去する役割を託された人々。砂の女と、アリ地獄のような砂の穴に誘いこまれた男。共同体からの出離を禁じるために、そこかしこに「恐怖の共同性」が織りこまれている。都市からの訪れ人による、共同体からの脱出の物語から、砂の女という共同体そのものを主人公とした物語への転換。そうした読み解きの作法を、とりあえず遊動文学論と名づけている。すると、古井由吉の『聖』が、柳田の「毛坊主考」を仲立ちとして、『砂の女』へと繋がれてゆく可能性が見えてくる。さらに、森敦の『月山』が視野に入ってくる。
いまはまだ、ほんの夢想のかけらである。

        ☆

すなわち、この連載はとりあえず、遊動と定住をめぐる葛藤という視座から、三つの代表的な戦後小説を読みなおす試みである。

 安部公房『砂の女』(1962)
 森敦『月山』(1974)
 古井由吉『聖』(1976)

三つの作品の主人公に共通するのは、閉じられた共同体への訪れ人であることだ。むろん、わたし自身にとっては、異人論の再演といえるものだが、村というフィールドをわずかであれくぐり抜けることによって、異人・境界・供犠といったテーマは大きな変容を蒙っているかと思う。たとえば、かつてのわたしには、異人がムラの女から受ける性の接待などへの関心や気付きは、かけらもなかった。いくらかの成熟とともに、異人論を再演することになる。

☆                   ☆

  第1回  安部公房『砂の女』(1)
  第2回  安部公房『砂の女』(2)
  第3回  安部公房『砂の女』(3)
  第4回  安部公房『砂の女』(4)
  第5回  安部公房『砂の女』(5)
  第6回 森敦『月山』(1)
  第7回 森敦『月山』(2)
  第8回 森敦『月山』(3)
  第9回 森敦『月山』(4)
  第10回 森敦『月山』(5)
  第11回 古井由吉『聖』(1)
  第12回 古井由吉『聖』(2)
  第13回 古井由吉『聖』(3)
  第14回 古井由吉『聖』(4)
  第15回 古井由吉『聖』(5)






●著者紹介

赤坂憲雄(あかさか・のりお)

1953年、東京都生まれ。民俗学者。東京大学文学部卒業。東北芸術工科大学東北文化研究センター所長を経て、現在、学習院大学教授、福島県立博物館長、遠野文化研究センター所長を務める。

専門は、日本思想史・東北文化論。幼い頃からここではないどこかに憧れ、遊動めいた日々をくり返してきた。柳田国男論のためにゆかりの地を訪ねるなど、たくさんの旅を重ねてきた。東北をフィールドとした〈東北学〉から、あらためて「いくつもの日本」を抱いた日本文化論の再構築へと向かおうとしている。

著書に、『異人論序説』『王と天皇』『排除の現象学』『象徴天皇という物語』『柳田国男を読む』(以上、ちくま学芸文庫)、『境界の発生』『結社と王権』『子守り唄の誕生』『東北学 忘れられた東北』『東北学 もうひとつの東北』(以上、講談社学術文庫)、『民俗学と歴史学 網野善彦、アラン・コルバンとの対話』『震災考』(藤原書店)、『岡本太郎の見た日本』『内なる他者のフォークロア』『性食考』(以上、岩波書店)、『東西/南北考 いくつもの日本へ』(岩波新書)、『遠野/物語考』(荒蝦夷)、『3・11から考える「この国のかたち」 東北学を再建する』(新潮社)、『イザベラ・バードの東北紀行 『日本奥地紀行』を歩く 会津・置賜篇』(平凡社)、『司馬遼太郎 東北をゆく』(人文書院)など多数。共著に、『天皇制の基層』(講談社学術文庫)、『遠野物語へようこそ』(ちくまプリマー新書)、『列島語り 出雲・遠野・風土記』(青土社)、編著・共編著に、『東北ルネサンス 日本を開くための七つの対話』(小学館文庫)、『鎮魂と再生  東日本大震災・東北からの声100』(藤原書店)、〈いくつもの日本〉シリーズ 全7巻(岩波書店)、〈フィールド科学の入口〉シリーズ(玉川大学出版部)などがある。