第0回

幼いころ、祖父が植物に詳しくて、花や木の名前を教えてくれた。おとなになってから知った花の名前はすぐに忘れてしまうのに、子どものころに覚えた名前は心に残っている。おなじように、子どもの頃に読んだ本に出てきた花や木は、知っているものも知らないものも、いつのまにか物語と共に、強い印象を残した。
とりわけ外国の物語に出てくる植物には、想像力を刺激された。イギリスの田舎の道端の草花の名前をたくさん登場させるエリナー・ファージョンの『リンゴ畑のマーティン・ピピン』に親しんでいたおかげで、イギリスでのカントリー・ウォークは、ファージョンの足跡を辿るような楽しみをもたらしてくれた。「生垣の中のジャック」、「貴婦人のスリッパ」、「羊飼いの財布」、「王さまの盃」、「おじいさんのひげ」など。もうその名前そのものが物語を作っているではないか。
モンゴメリの「赤毛のアン」シリーズにしばしば出てくる「メイ・フラワー」が、「さんざし」ではなく、カナダに特有の低木の、星のような形の花を咲かせる「メイ・フラワー」だったことは、おとなになってから知って衝撃だった。
スコットランドのブルーベルは、イングランドではヘアベルと呼ばれるキキョウ科の花で、イングランドのブルーベルは野生のヒヤシンスに似たユリ科の植物。初夏に咲く夏椿は、沙羅双樹と呼ばれるが、インドでお釈迦様がその下で涅槃についた沙羅双樹とはまた違う樹であるなど、あまり役に立たない知識がとても楽しいのである。
日本の物語であれば、さらに親近感は増した。古田足日の『大きい1年生と小さな2年生』の中で、主人公がはるばる摘みに出かける「ホタルブクロ」、雪深い村で丹精込めて育てられる園芸種の牡丹(岩崎京子『鯉のいる村』)。
このエッセイシリーズでは、植物さまざまから物語を読み直し、その色や香りをもう一度楽しんでみたい。

 第1回 ドイツの森の光と闇 沼の女王のスイレン
 第2回 「星の牧場」に咲く花は
 第3回 「やかまし村」の子どもたちは、春・夏・秋・冬いつもにぎやか
 第4回 彩雲国の世界






●著者紹介

川端有子(かわばた・ありこ)



大学では英文科を出るも、児童文学をちっとも教えてくれない不満だけが残り、もっぱら「児童文学同好会」にいりびたっていた。好きが高じてさいわいなことに何人かのすばらしい先達との出会いを経て、児童文学を教える仕事につけた。ということで、いまはもっぱら世間の人々、そして学生たちの児童文学への誤解と偏見と戦い、「乙女の甘い夢を壊すドリーム・クラッシャー」と呼ばれている。幼いころから活字中毒者で、字を見ると読まずにはいられず、食事をしながら食卓塩のラベルを読みはじめて母にたしなめられた時期もあったが、いまは老眼のため、眼鏡をはずしてしげしげと見なければ読めなくなっているのがつらい。