第4回


今日は、サッカー少年団の練習日だ。

午後三時に、小学校のグラウンド集合。

コーチの到着を待って挨拶をすませ、いつものメニューに入る。

ランニング、ストレッチ、ボールタッチ。

基礎練習は、レギュラーもレギュラー以外もみんな一緒だ。

親指側でボールを蹴るのがインサイド、小指側はアウトサイド。

インサイドでグラウンドの端までボールを転がし、帰りはアウトサイドで帰ってくる。浩太と周平は、ボールを転がすというより、自分たちが転がされている感じだ。

ところどころに散らばるケンケンパリングの中でボールを止める練習や、コーンの間をジグザグに転がす練習もある。

リフティング、ヘディング、パス、シュート。基礎練習がひととおり終わると、背番号が書かれた赤と黄色のビブスをつけ二チームに分かれて試合がはじまる。

サッカー少年団は、三年から六年まで二十二人。二つに分けるとちょうどイレブンだが、浩太と周平はまだ試合に出してもらえない。

海側のゴールネット裏で、こぼれ球を待ちながら周平が言った。


「しっかし、悠人ってすごいよな。足の裏に糸でもついてるんじゃないか?」


「ああ」

浩太は、前を向いたまま言った。

「どこまでもボールに食らいついていく、あの根性。六年に、負けてねぇもな」


「そうだな」

悠人の足にかかると、ボールがまるで意志を持って吸いついているように見える。忠実に言うことを聞く、犬みたいだ。


「なんで、あんなことできるんだ? やってらんねぇな」

周平は、はあっとため息をついた。


「ところでおまえ、もちろん、『ひっぱられる』だよな」

枝里子先生に出された、社会の宿題のことだ。


「うん」


「悠人もきっとそうだと思うけど、敦也は恐竜だな」


「そうだな」

敦也は、周平の予想通り練習が終わるとさっそくコーチのところに駆けつけた。

沢井守コーチ、香莉の父さんだ。毎週火、木、土、ガソリンスタンドを奥さんにまかせてやってくる。小学校から大学まで、ずっとサッカーをやっていたそうだ。で、今はアンモナイトの収集でも有名だから、仕事はいつするんだ? と思う。隣のクラスの角田先生、角バンとも親しいらしく、角バンは、時々練習に顔を出す。

敦也はきっと、しべ川の恐竜の化石のことを聞いているにちがいない。

二人は、熱心に話しこんでいる。なかなか終わりそうにないから、浩太と周平と悠人は先に帰ることにした。


「おれ、じっちゃんに『なんでひっぱられるって言ったんだ?』って聞いてみるよ」

悠人が、言った。


「おれは言われたことないけど、父さんに何か知らないか聞いてみるわ」

周平が、言った。


「うーん。おれは、父さんに聞いてもまたはぐらかされそうな気がするんだ。この前、変な感じだったからさ」

浩太が言うと、


「ふうん。じゃ、どうすんの?」 

悠人が、聞く。


「どうしようかなあ?」

浩太は、海の方を見た。


「明日もう一回海に行って、あのおじいさんに聞いてみようかなあ? ぜったい、何か知ってる気がするんだ」


「あのおじいさんって、この前会った『ひっぱられるぞ』って言った人?」


「うん」

浩太は、周平に向かってうなづいた。


「おれも行く!」

悠人が言った。


「なら、おれも」

周平も手をあげた。


「じゃあな」

三人は、明日の集合時間と場所を決めて別れた。


「いる?」


「うーん、いない」

大波の後なのか、浜にはたくさん人が出ていた。みんな両手いっぱいに、拾いあつめた昆布やワカメを持っている。

堤防から浜を見渡すが、それらしい人は見えない。


「うわあ、久しぶりに来たけど、気ん持ちいいな、浜って」

波打ちぎわに向かって、周平が言う。


「うんっ」

悠人も思いっきり手を広げ、浜風を吸い込む。

今日は、暑寒別岳(しょかんべつだけ)がすそだけ見えている。

その時、浩太が声をあげた。


「あっ、いた! あのおじいさんだ」


「どれ」


「どこ」

周平と悠人が、浩太の視線を追う。

浩太は、答える前にもう走り出していた。

周平と悠人も、あわてて後を追う。

たくさんの人の間を、おじいさんがゆっくりと暑寒別岳の方に向かって歩いていく。浩太は、夢中で砂をこいだ。


〈まって、おじいさん。聞きたいことがあるんだ〉

浩太を追いかけながら、悠人が周平にささやいた。


「浩太って、こんなに足速かったっけ?」

周平も、首をかしげながら言う。


「うん、おれもびっくりしてる」


「これじゃあ、レギュラー入りまちがいなしだな」


「うひぇー、じゃあ、残りはおれ一人? やめてくれぇ」

周平の悲鳴を、浜風がさらっていく。

息を切らして、ようやくおじいさんを見かけたあたりにたどりつく。


「おかしいなあ、この辺だったんだけど」


「見まちがいじゃ、ね?」


「陸(おか)へ、あがったんじゃね?」

周平と悠人が、同時に聞く。


「いや、まっすぐ歩いてた。曲がったりしてない……。どこへ行ったんだろう?」

あたりを見回すが、おじいさんの姿はどこにもない。


「本当に、見たのか?」

うたぐり出す二人に、


「ああ、確かに見た。タオルではちまきして、網を背負ってた。この前とおんなじ」

浩太は、ゆずらない。

しばらくその辺をさがし回ったがおじいさんは見つからず、三人はすごすごと浜をひき上げた。

両足インサイドでボールを蹴るまねをしながら、悠人が言う。


「じっちゃんも、わかんねって言うしよぉ」

悠人のじいちゃんは、


「すったらこと、わかんねえ。ガキの頃から言われてっから、そうなんだ。昔の人は、うそ言わねえ」

って、言ったそうだ。

周平の父さんも母さんも、知らなかった。


「どうする? 社会、明日だぞ」


「正直に言うしかないな。聞いてみたけど、わかんなかったって」


「そうだな」


「敦也はきっと、いっぱい話聞いてんだろうなぁ」


「あーあ、四年のテーマは『恐竜』かぁ」 


「しべ川に、探しに行くのかぁ?」


「小平(おびら)小学校四年生、新化石発見! いいけどな……」

と、言いながら、三人はなんとなくしょんぼりしていつもの四つ角で別れた。

次の日の社会の時間、やる気満々の敦也をさしおいて真っ先に手をあげたのは大志だった。


〈大志? なに出しゃばってんだよ。どうせ、『ひっぱられる』について調べるのは反対だって言うんだろ〉

と、思ったら、


「死体が流れ着いたのは、終戦を迎えた日から一週間たった八月二十二日です。樺太(からふと)から引き上げてくるたくさんの人を乗せた船が、この海でソ連の潜水艦に魚雷で打たれて沈没したんです」

って、言い出した。


「へ?」


「あいつ、恐竜派じゃなかったけ?」


「カラフト?」

浩太、周平、悠人の三人は、顔を見合わせた。

なんでも、大志の父さんはずっと前からそのことを調べていて、家にたくさんの資料があるそうだ。


〈なんだよ、そんなら最初から言えよ。この前は、めちゃくちゃ反対してたくせに〉

浩太は、得意げな大志を横目でにらんだ。

みんなは、


「えー?」


「まじ?」

とか、


「戦争、終わったのに?」


「なんで?」


「この海で?」

とかさわいでる。


「それで、『ひっぱられる』ということについて、お父さんは何かおっしゃってましたか?」

枝里子先生が、聞いた。


「いや」

大志は、首を横にふった。


〈なんだよ、『ひっぱられる』はわからずじまいかよ。おれらも情報なかったし。この後きっと、敦也の一人舞台だな〉

と、思ったら、


「はいっ」

香莉が、手をあげた。



                               〈つづく〉




海辺の漁師小屋
撮影・北川浩一





海辺の民家
撮影・北川浩一





●著者紹介

有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。