第11回

社会の時間、今日も敦也が恐竜の発表を続けてた。


「とにかく、北海道がすごいって一番知らないのが北海道人なんだ」


いつも余裕であんまり表情を変えない敦也が、めずらしく熱くなっている。なにがなんでも、恐竜の化石をさがしに行きたいらしい。


「この前香莉が群馬と福井が恐竜王国だって言ってたけど、僕はこれから北海道は世界の恐竜王国になるって思ってるんだ」


〈ほっ? 世界?〉


敦也の話は、でかい……。

浩太は、目を丸くした。


「群馬と福井から出土してるのは、陸の恐竜ばかりだ。でも北海道は昔ほとんどが海の底だったから、海の恐竜も出るんだ。海だったってことは、アンモナイトもたくさんある。アンモナイトは時代によって形や種類が違うから、同じ地層に恐竜の化石があればそれがいつの時代のものかはっきりとわかるんだ。そんなのは、北海道だけだ。だから北海道は今、世界的に注目されているんだ」


「へえっ」


「さすがっ」


「すごいっ、敦也くん」


女子が、騒ぐ。

枝里子先生も、にこにこして聞いている。


「アイヌ語で神の竜っていう名前をつけられたカムイサウルス、むかわ竜のことだけど、それを見つけたのは学者じゃなく、どこかの大学の研究チームでもなくて普通の人なんだ」


なんだか、むずかしい話になってきた。

浩太は、敦也がますます遠くなっていく気がした。前は4人一緒に遊んでいたのに、今はなんとなく距離があいて帰るのも別々だ。敦也は、おれたちのことをどう思っているんだろう? 一人で、平気なんだろうか? おれたちより、恐竜がいいのか? 浩太は、発表する敦也を見ながら思った。


「穂別に住む元郵便局員の堀田さんって人なんだけど、堀田さんが『アンモナイトはさがそうと思えばさがせるけど、恐竜の化石はそうはいかない』って言っている。僕は、本物の恐竜の骨も見たことがあるんだけど、……」


敦也がそう言った時、礼奈がとたんに首をすくめしかめっ面をした。本当に、礼奈のこわがりははんぱない。


「何万年も前の骨なのに、なんだかあったかいって思ったんだ。まるで、まだ生きているような……」


ん?……。


女子はふんふんってうなづいて聞いていたけど、浩太は敦也の言うことがよくわからなかった。

いつもはもっとはっきりした言い方するのに、恐竜の話になると敦也はどうやら敦也じゃなくなるらしい。


「で、堀田さんの話を聞いた時、もしかしたら恐竜は、自分で見つけてもらう人を決めるんじゃないかと思ったんだ」


「おうっ」


教室に、どよめきが走った。


「なに、それ?」


「きゃぁ」


女子は、軽く悲鳴まであげている。

枝里子先生も興奮して、


「すごいわ、敦也くん」


なんて、言っている。

敦也が最後に、


「だから、僕たちが恐竜に選ばれる可能性だって、絶対にあるんだ」


そう言い切ると、教室に大拍手が巻き起こった。礼奈のこわがりも、あっという間に拍手の渦に巻き込まれていく。

浩太は、これで決まったなと思った。4年生で調べるのは、『恐竜』にちがいない。

その時、大志が手を挙げた。


「はいっ」


恐竜について何かつけ足しでもあるのかと思ったら、大志はぜんぜん違う話をはじめた。


「僕は、泰東丸が沈んだ時になぜすぐ救助の船を出さなかったのかということについて調べました」


えっ? 


〈さすが、大志だ。この盛り上がりの途中に、それを言う……?〉


浩太があきれていると、女子たちがいっせいに大志にとがった目を向けた。

教室は、一気にしらけた。

礼奈のこわがりもはんぱないが、大志が空気を読まないのもそうとうだ。

大志は、知らん顔で続ける。


「泰東丸が攻撃されたのが朝の9時50分くらいで、地元の漁船3隻が救助に向かったのが午後5時すぎ。7時間も経っている」


大志は、香莉の方をちらちら見ながら言う。


「その間、いったいなにしてたんだろう? すぐ救助に行けば、もっとたくさんの人が助かったのに。なんで、行かなかったんだろう。それは、父さんにもわからないって言ってました」


香莉は、黙っている。

おかしいな、と思った。

これは、この前香莉が言いだした疑問だった。

普段、納得するまで質問をやめない香莉だ。当然、調べていないはずがない。


「僕は、ひどいと思いました。目の前で海に投げ出された人がたくさんいるのに、助けに行かないなんて。よく、そんなことができたって……」


大志がそこまで言った時、教室の中からするどい声がした。


「だって、ソ連の潜水艦がそこにいたんだ」


みんなが、いっせいに声の方を見る。

悠人だった。


「出て行ったら、自分も、やられるんだ。そんな時、おまえなら出ていけるのか?」


悠人は、大志に向かって言った。

大志は、驚いたように悠人を見た。


「留萌の方から、ソ連の飛行機だって飛んできてたんだ……」


悠人は、もう泣きそうになってる。

浩太はあわてて、代わりにみんなに説明した。滝下のばばちゃんが山に逃げてずっと隠れていたこと、丹野さんの家に行って話を聞いたこと……。でも、茂三おじいさんのことは、言わなかった。


「おれも、悠人と同じように思う。死ぬかもしれないのに、自分だったら助けに行けたのかって」


浩太が言うと、


「おれも、そう思う……」


周平が、言った。

大志は、黙っていた。

香莉も、発言しない。

教室に、重い沈黙が流れた。

枝里子先生が、何か言おうと口を開いた時だった。

敦也の手が、すっとあがった。


〈こんな話してないで、恐竜の話をしようよ〉


そう、言うのかな? と、浩太は思った。


〈つづく〉







北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
カムイサウルス・ジャポニクス(むかわ竜) レプリカ





北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
カムイサウルス・ジャポニクス(むかわ竜) 実物 全身骨格





北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
カムイサウルス・ジャポニクス(むかわ竜) 発掘現場





北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
北海道で最初に小平町で見つかったハドロサウルスのなかまの大腿骨と腸骨・実物





北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
ティラノサウルス レプリカ





北海道博物館特別企画展「北海道の恐竜」より
むかわ町穂別 ホベツアラキリュウ レプリカ







●著者紹介

有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。