第12回

ところが敦也は、


「ぼくも、そう思う」


と、言ったのだ。 


〈へっ?〉


と、思った。

聞きまちがいかと思って、思わず耳をそばだてる。

悠人と周平も、敦也を見てる。

敦也は、続けた。


「ぼくも、出て行けないと思うよ。そこにソ連の船がいて、自分たちも攻撃されて死ぬかもしれないなら」


敦也は、はっきりとそう言った。


〈そんなこと、言っていいの?〉


浩太は、不思議に思った。

敦也はてっきり恐竜派で、自分たちを敵と見ていると思ってた。


「みんなは、どう思う?」


敦也が、みんなに向かって聞く。


〈なんだ、これ?〉


なんか、おかしな流れになってきた。

おれたちの話に賛成して、敦也は恐竜をどうする気なんだろう?

浩太は、心配になってきた。


「ぼくは、浩太も、悠人も、周平も、よく調べたと思う。『ひっぱられる』に、そんな意味があったなんてぼくはぜんぜん知らなかった」


そういうと、敦也は前を向いて自分の席にとんと座った。

悠人と周平が、敦也の背中に笑いかける。

みんなは、黙ってる。沈黙が苦手の浩太だったが、この沈黙はいやじゃなかった。みんな、真剣に考えてくれていると思ったからだ。

枝里子先生が、静かに口を開いた。


「四年二組は、本当に素晴らしいクラスですね。敦也くんは恐竜をていねいに調べているし、浩太くんたちも滝下さんや丹野さんのところへ行ってお話聞いてくるなんて、わたし、とっても感心しました。大志くんも香莉さんも、問題提起してくれてありがとうね」


枝里子先生は、みんなの机の間をゆっくりとすすすんだ。そして、「恐竜の骨」の話からずっと首をすくめたままの礼奈の肩に手を置いた。


「ずいぶん資料もそろったようですから、どうですか? もうそろそろ、四年生で取り組むテーマを決めませんか?」


枝里子先生は教壇にもどり、黒板に「恐竜」「泰東丸(たいとうまる)」と書いた。


「今のところ、この二つのテーマに分かれているようですね。他に、調べてみたいテーマはありませんか?」


枝里子先生は黒板の二つの文字をさして問いかけるが、誰の手もあがらない。


「それじゃあ、この二つのどちらかにしましょうか」


浩太は、ごくんとつばを飲んだ。


〈いよいよだ。これから、敦也と本格的に戦わなきゃならない〉


浩太は、気が重かった。

思いがけず、敦也が自分たちに賛成してくれたばかりだ。もしかしたら、仲直りできるかもしれない。そう、思ったのに……。

今度は、自分たちが敦也に賛成する番だろうか?

と、考えて、


〈あれ?〉


と、思った。


〈もしかして、敦也がおれたちに賛成したのは作戦だった?〉


ちらりと思っていると、枝里子先生が言った。


「わたし、香莉さんのお父さんに一度来ていただいてお話聞かせていただこうと思っているの。沢井さんは、恐竜と泰東丸、どちらにもお詳しいわ。あとは、みなさんしだいね。さあ、どちらのテーマに決めますか?」


「うーん……?」


悠人が、みんなを代表してうなった。


「二学期には、壁新聞にまとめられるといいと思っているの」


枝里子先生が、つけくわえた。


「うーん」


悠人が、もっと大きな声でうなった。

枝里子先生は、にこにこしながらみんなを見ている。

みんながむずかしい顔で考えはじめると、枝里子先生はいつもにこにこ笑って見ている。楽しそうな枝里子先生の顔を見ていると、浩太もなんだかうれしくなる。

でも、今日はちがった。浩太にとって、この問題はむずかしすぎた。

悠人と、周平を見る。

二人とも、困ったようにこっちを見ていた。

枝里子先生は、いっそうにこにこして言った。


「その様子では、すぐには決められそうもないわね。それじゃあ、この次までに考えてくることにしましょうか?」


その時、


「はいっ」


敦也の声が、ひびいた。

浩太は、心を決めた。


〈どうしても恐竜って言うんなら、もう賛成しよう〉


悠人と周平は浩太の気持ちがわかるのか、


〈いいよ〉


〈OK〉


目で、そんな合図を送ってきた。

敦也は、立ちあがった。

背中が、ぴいんと張りつめている。

敦也は大きく息をすい込むと、はっきりした声で言った。


「みんな、恐竜はもう滅んでいると思ってるけど、恐竜は今でも生きているんだ」


「えっ」


その一言は、恐竜か泰東丸かで迷っていた教室を一気に恐竜の世界へひきもどした。


「どういうこと?」


みんなは、あっけにとられてる。


「鳥。鳥は、ほんとは恐竜なんだ。肉食恐竜の、直系の子孫なんだよ」


「えーっ?」


「なに、それ?」


教室は、大さわぎになる。

敦也は、続けた。


「恐竜が誕生したのは、今から2億3000万年前。鳥類を残して絶滅したのが6600万年前だから、恐竜はこの地球上でずいぶん長い間生きていたことになる。人類なんて、誕生してからたったの300万年。恐竜とは、比べものにならないほど短いんだ」


「へえぇ」


みんなは、感心して聞いている。


「恐竜は、調べれば調べるほどおもしろい。なぜ、そんな長い間生き続けることができたのかとか、それを解明すればこれからの人類にとっても重要な情報が得られると思うんだ。だからこの研究は、未来につながる大事な研究だとぼくは思ってる」


さすが、敦也だ。使う言葉が、おれらとはぜんぜん違う。


「できればぼくは、みんなと恐竜について調べたい」


〈やっぱり……。もういいよ敦也、そんなにがんばらなくても。おれたちは、恐竜でいいんだから〉


浩太は、思った。


「でも……」


敦也の、声の調子が変わった。


「浩太たちが、『ひっぱられる』っていうたった一言から調べてくれたこと。ぼくたちが毎日見ている目の前の海で起こったこと、よく知らないのはおかしいって思うんだ。ぼくたちが大人になる前に、ちゃんと知っておかなきゃならないんじゃないかって。だから、ぼくたちが今取り組むのはこの問題だと思う」


そう言うと、敦也は音を立てないようにそっと自分の席に座った。




放課後、4人は海にいた。

堤防に、並んで腰かける。

だれも、


「ごめんな」


なんて、言わなかった。

言わなくても、4人は元のままの4人だった。

浩太は、教室で言えなかった茂三おじいさんのことを敦也に話した。


〈敦也は、信じてくれるだろうか……?〉


普通だったら、とても信じられる話じゃない。ちょっとどきどきしながら、なんとか話しおえた。

敦也は、最後まで真けんに聞いていた。

そして、


「すごいな」


と、言った。


「そんなことが、あったんだ。僕も、一緒にいたかったな……」


残念そうに言う敦也の肩を、悠人と周平がとんとんと叩いた。


「蒸しパン、食べたかった……」


敦也がつけ足すと、


「なんだよ、そっちか」


4人は、笑った。

沖の方から、風が波の音を連れてくる。


「浩太は選ばれたんだな、そのおじいさんに」


「そうなのかなぁ……? なんでかな?」


首をかしげる浩太に、敦也が言った。


「ぼくだって、あきらめないぞ。絶対に恐竜に選ばれてやるんだ、何年かかっても」


敦也の恐竜愛は、本物だった。


「だって、小平小学校4年生新発見って新聞に載るより、小平町の岩永敦也くん新発見の方がずっといいだろ?」


「なんだ、こいつ、そっちかよ」


ハハッ


フフッ


「おまえたち、ぼくが有名になったら会いにこいよ」


「なに言ってんだ、こいつ」


「おれたちも、つき合うぞ」


「よーしっ、4人で恐竜見つけて新聞に載るぞー」


「だめだ、ぼく一人で載るんだ」


「なんだよ、載せろよっ」


「いやだっ」


ハハハッ


へへッ


4人の笑い声が、風をおし返して海の方へ流れていった。





                             〈つづく〉

 
 
 





北海道北西部 日本海
撮影:北川浩一





北海道北西部 日本海
撮影:北川浩一





北海道日本海夕景
撮影:北川浩一









●著者紹介

有島希音(ありしま きおん)
北海道増毛町生まれ。札幌市在住。執筆にいきづまると、フリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団のベートーヴェン、シンフォニー No.5を聴く。定番中の定番といわれようとなんといわれようと、私はこれで前へすすむ。同人誌「まゆ」同人。
著書に「それでも人のつもりかな」(2018・岩崎書店)。