芳賀ひらく
私は、講談社が創業50周年を記念し、豪華な編集・執筆陣を擁して発刊した全50巻の「少年少女世界文学全集」──皮革背に金箔を押してあった──で幼年期を育ってきたのだけれど、それとほとんど同時に刊行がはじまった、東京創元社のアンドルー・ラング編「ラング世界童話全集」(12巻+別巻)のことが、齢60を過ぎた今となってしきりと思い出される。
その第1巻は『みどりいろの童話集』で、箱入り、背のクロスが緑色。紫がかった表紙の上に押した色箔も、緑青がかった緑色だった。2巻目はばらいろ、3巻目がそらいろ、以下きいろ、くさいろ、ちゃいろにねずみいろ、あかいろ、みずいろ、むらさきいろにさくらいろと続き、最後の12巻は『くじゃくいろの童話集』。装丁もそれぞれの色が使われていた。
第1巻の最初にでてくるお話は「カーグラスの城」で、小馬に乗った子どもと小人の妖精の挿絵が、なんといっても記憶に残っている。
昔の本は、どうしてあんなに造りが立派で、挿絵もステキだったのだろう。あの頃はどうしてあんなに本のなかに入りこめ、夢想して倦まなかったのだろうと思う。くりかえし、くりかえし読んだ本は、たしかに『みどりいろの童話集』だった。
今、本を読むのはほとんど仕事のためにであって、「無償の読書」の時間ははるか彼方となった。
だから、物質としての本そのものが撫でるように大切で、そこに立ち現われる話の世界に無条件に誘われるような時間は、反芻するしかないのである。
けれども、反芻できるのは、幸いなのだとあらためて思う。
どうか、今の子どもたちが、幸せな本の世界に、一度でも足を踏み入れることがありますように。
●芳賀ひらく(はが・ひらく)
1949年仙台市生まれ。出版社「之潮」(コレジオ)代表。古地図や東京の地形の研究者として知られる。「記録文学」ではなく、東京の「場所の記憶」としてさまざまな文学作品などを探訪している。この8月末に、講談社から『江戸の崖 東京の崖』(1800円)を刊行予定。
■わたしがくりかえし読む本
『東京大空襲・戦災誌』(全5巻)之潮のHP