第1回

──ハッヴァ・ムトゥルさんは、ご著書を子どもたちに届けるために、民間や自治体のさまざまな催しに参加し、活動していらっしゃいますね。

ハッヴァ・ムトゥル(以下H・M) トルコ出版界では、トルコにある世界遺産を舞台にした子どもの本のシリーズと、スペイン語からトルコ語への翻訳で活動をしています。自身の著書もふくめ、わたしの目から見たトルコの児童文学出版について、できる限りお伝えしたいと思います。
わたしの書く子どもの本は、はじめてトルコの世界遺産を舞台にしたお話のシリーズです。トルコでは2016年に16か所が世界遺産に登録されました。トルコ国内にこの重要なできごとを伝えたい。そして、トルコの子どもたちにこの地の歴史と伝統を知ってほしい。そういった思いで、このシリーズを書きはじめました。物語は、3人の子どもたちと、「アミーゴ」と名づけられた小さな機械を主人公に展開します。この機械のおかげで、タイムスリップをしたり、透明人間のようになったりして、子どもたちは数千年も続くアナトリアで、歴史と現在を駆け抜けます。冒険から冒険へと。

──作品紹介のいちばん大きな場としては、イスタンブルの国際ブックフェアがあります。

H・M イスタンブルで毎年11月の第2週に開催されるブックフェアは、出版と教育の両面から非常に重要です。トルコ国内外から多くの出版社が参加します。9日間に約50万人が訪れるのです。文化活動も多くおこなわれます。パネルディスカッションが準備され、作家と読者が語りあう場が設けられ、サイン会もあります。


©Havva MUTLU
©Arkeoloji Sanat yayınları Turizmcilik San. Ve Tic. Ltd. Sti.

シリーズの第1作『İstanbul’un Dört Tarafı Mercandan(イスタンブルは宝石箱)』は、2014年、このブックフェアではじめて紹介されました。わたしも、サイン会をさせていただきました。「トルコの世界遺産を舞台にした最初の作品」でしたから、まだそれほど知られていなかったのです。そう考えると非常に幸運なことに、この作品は、トルコでも考古学や歴史的分野に造詣の深いアルケオロジー・ヴェ・サナト出版(注:考古学美術出版の意)から出版されました。出版社のスタンドを訪れた子どもをもつお父さんお母さんたちが、本書のテーマが興味深くまた意識的な内容でもあったため、子どもたちにすすめてくれたのです。
この日はじめて世に出たこの作品がお父さんお母さんや子どもたちの深い興味を引いたもうひとつの理由は、挿絵画家として名高いムスタファ・デリオールのサインが表紙にあったことでしょう。この本を手にしてくれたかたはみな、しっかりと抱きしめてはなそうとしませんでした。
数日後、わたしのフェイスブックに、読者からメッセージが送られてきました。最初の作品の最初の読者のみなさんからいただいた、おほめのことばにあふれたメッセージたちは、わたしがめざしたところがまちがっていなかったことを教えてくれ、道を歩き続ける力をくれました。


©Havva MUTLU
2016年6月5日、イスタンブルのアジアサイドにあるカドゥキョイでおこなわれたサイン会。会場は、ハイダルパシャ駅舎(1908年完成)。アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』でも名探偵ポワロが降り立っている。

──自治体とのつながりはいかがでしょうか?

H・M トルコの各自治体は文化活動として、しばしば読書フェアをおこないます。2015年5月、イスタンブルのシシリ区が主催した作家と読者の交流会が、ニシャンタシュ・サナッチュラル公園で開催されました。春の日、本と緑に染まった木々と音楽で、公演はさながらカーニバルのようでした。丸1日開催されたこの交流会は、イスタンブルの中心に近い立地条件も幸いし、非常に多くの方の興味を引きました。わたしの世界遺産シリーズも、この交流会で2冊が紹介されました。1冊目のイスタンブルの本と、『Kapadokya, Bilemedin Zıngırbeş(カッパドキアで妖精の結婚式)』です。


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──印象的な出来事はありましたか?

H・M 交流会には、作家としてわたしを知ってくださっている読者も来てくださいました。どの人も本当に大切なのですが、ひとり、特別にわたしの記憶に残った人がいます。会がはじまってすぐ、まだそれほど混みあっていない時間でした。11か12歳くらいの男の子が母親といっしょにやってきました。世界遺産シリーズを手にとり、これがいいといいます。母親は、こう促しました。
「まず全部の本を見て、それから決めなさい」
彼は本を置き、母親のあとから歩いていきました。
しばらくしてふたりがもどってきました。この間、彼はほかの本も見たのでしょう。それでも、世界遺産シリーズが気になるらしいのです。幾度も本の中身をたしかめ、手ばなそうとはしません。でも、母親にこういわれていました。
「約束したわね。買う本は1冊だけって」
彼は渋々、『カッパドキア』をもどしました。
その後、この出来事を思い出すたび、わたしの胸になんともいえぬ痛みが走るのです。あれだけ欲しがっていたのに、2冊目の本を買えない少年に、わたしはあの本を贈ることもできたのではないかしら? なぜ、そうしなかったのかしら? わたしはきっと、この痛みを一生かかえていくのだろうと思います。


──ありがとうございます。次回は、学校や施設を訪問しての活動についてお話をうかがいます。




HAVVA MUTLU(ハッヴァ・ムトゥル)

トルコの作家、スペイン語翻訳家、教師(トルコ語)、トルコ共和国文化観光省公認スペイン語観光ガイド。
トルコの世界遺産を舞台にした児童向け作品(11歳以上推奨)を、アルケオロジー・ヴェ・サナト出版から発行。ファンタジーと研究を融合させた著書は、広い読者層に受け入れられている。作者の研究と知識の集大成である著作は、世界遺産、トルコの文化と伝統を子どもたちに楽しみながら学ぶ場を与えたといえる。
1988年にスペイン語観光ガイドをはじめる。1990年代にトルコの国営放送TRT、その他民放局で翻訳作業に従事。メキシコ、アルゼンチンの映画作品をトルコ語に翻訳した。ほか、各機構において、翻訳通訳作業に携わる。2010年にノーベル文学賞を受賞したホルヘ・マリオ・ペドロ・バルガス・リョサ(ペルー)の『El Hero Discreto(つつましい英雄)』をトルコ語に翻訳し、ジャン出版より発売された。
いちばんの楽しみは、「おばあちゃん」として自身の作品を孫たちといっしょに読みながら空想の旅に出ること。

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