第14回

空飛ぶ仲間 キキとジジ
今回のネコは隠れているどころではない、準主人公ともいえる重要キャラクター、ジジである。
人間のお父さん、魔女のお母さんの間に生まれた少女キキは、魔女の血を引いた女の子として、13歳の満月の夜、ひとり立ちすることになっていた。生まれた町を離れ、どこか魔女のいない村か町を探して、そこでひとりで暮らしていくのだ。
昔は力のあった魔女たちも数が少なくなり、その魔力も限られたものになっている今日この頃、キキにできるのは、ほうきに乗って空を飛ぶことだけ。お母さんのコキリさんのように薬草で魔法の薬を作ることもできないのだけれど、キキはそんなことにはとんちゃくしなかった。飛ぶのが大好きだったから。
そして、キキのほうきに、いつも一緒に乗って空を飛ぶ仲間であり、一番の親友は、黒猫のジジである。魔女のお母さんは女の子が生まれると、同じ時期に生まれた黒猫を探し、一緒に育てることになっていた。こうして相棒となる魔女と黒猫は、「魔女ネコことば」という共通語を使ってコミュニケーションすることができ、おとなになるまで喜怒哀楽を共有し、ひとり立ちの時も心強いきずなで支えあう存在となるのである。

使い魔としての黒猫
この物語の背景は、どこかヨーロッパを思わせるけれども、どこともわからない無国籍的な世界である。作者は、赤いラジオと黒猫とともにほうきに乗って飛ぶ少女のイメージから物語を書き始め、魔女という存在の歴史や言い伝え、社会的な位置を詳しく調べ始めたのは、続編に取りかかってからだと語っている。それだけに、魔女と黒猫という組み合わせは、いまではすっかりおなじみのものとなっていることがわかる。しかし、いったいどこから魔女は黒猫を使い魔とするようになったのだろうか。
ヨーロッパの魔女伝承では、魔女とは悪魔に通じて力を得た邪悪なものとされ、黒猫のほかにも、コウモリ、フクロウ、ヒキガエル、ヘビ、イモリなどを従えている。すべて、夜の生き物であったり、人から嫌われる動物であったりする。シェイクスピアの『マクベス』に登場する三人の魔女も、大釜の中にこれらの動物の中のいくつかと、あといろいろと禍々しいものを入れた得体のしれない薬を煮ながら、「きれいは汚い、汚いはきれい」とまじないの言葉を唱えているが、彼らはネコには関係がない。
ケイト・グリーナウェイの出世作『窓の下に』の中に、魔女の詩とそれに添えられたイラストがあり、ほうきを持った魔女の周りに、フクロウ、コウモリが舞い、ヒキガエル、ヘビ、イモリ、黒猫が取り巻いている。しかし魔女はほうきにネコを乗せて飛んでいるわけではない。
魔女とネコとほうきのイメージというのは、魔女が恐ろしい存在ではなくなり、児童文学や幼年文学の中の親しみぶかいキャラクターになってからの結びつきなのかもしれない。というのは、黒猫というのは、実は不吉なものというだけではないらしいのだ。英語圏においても(そして多分ドイツ語圏でも)、日本語圏でも、黒猫を見ると悪いことがあるという半面、吉兆ともされており、福を呼ぶこともあるようなのだ。
黒猫のイメージが両義的であるにせよ、とりあえず『魔女の宅急便』の世界では、元来魔女の持つ邪悪な面がまったく消滅させられているのと同様に、黒猫の負のイメージも払拭され、魔女の愛すべき同僚となっている。
 
魔女のアニムスとアニマ
ところで、魔女というのは伝承の上でも、この物語の中でも、女性であるとは限らない(やがてキキの娘と息子は、ともに魔女を目指すことになる)。日本語では魔女という言葉に「女」が入ってしまっているため、男の魔女というと存在論的矛盾であるが、英語のwitchも、ドイツ語のHexe(ただし男性形はHexer)も男でありうる。そうすると、物語の世界では、付き従うネコの性別は、魔女の反対の性であることが判明する。女の魔女にはオスネコ、男の魔女にはメスネコだ。
おそらく魔女の黒猫とは、その魔女のアニムス、あるいはアニマ的な存在が、具現化した姿なのだろう。キキに対するジジは、キキの魂の中の男性性を表している。だから、キキが恋をして、アニムスを実際の男性に向けて投影することができるようになると、魔女とネコとの間は、子どものころほど親密なものではなくなる。逆に、ジジのアニマはキキであるともいえ、ジジがメスネコに恋をすると、ジジもネコとしてのアイデンティティを獲得していくのである。
そうなるまでのあいだ、13歳という早い時期にひとり立ちをする幼い魔女に、時には同調し、時には批判を突っ込み、たしなめ、はげまし、甘え、すね、きまぐれを存分に見せるネコは、守る対象でありつつ、キキの本心を代わりに表現してくれる分身として、欠くことのできない仲間なのであろう。
寒がりで、水が嫌いで食いしんぼう、どこでもすぐ寝るねぼすけで、楽天家。使い魔とはいえ、のうのうとしたこのネコぶりであるが、ジジもキキのおかげで、結構苦労をさせられる。落としたぬいぐるみの替わりをさせられたり、海におっこちたり、走っている汽車に飛び乗るのに付き合わせられたり。文句を言いながらもキキの後を追うジジの姿はとても可愛い。
ジブリアニメの『魔女の宅急便』は有名だが、2014年には実写映画化もされている。そこでは黒猫のジジが、なんともわざとらしいCGであったのが残念だ。







『魔女の宅急便』
 角野栄子/作
 林明子/画
 福音館書店